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Miho Sato

Author:Miho Sato
「舟遊び みづは」運営主体の、株式会社フローティングライフ代表取締役。
江戸の人が遺してくれた東京の水辺は貴重な財産。数名で貸し切れて、江戸工芸に触れて楽しみながら、ゆったりと江戸の粋や情緒、名橋の数々を満喫できる舟遊びを提供します。
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05月28日(土)

北斎ゆかりの浅草をwalking in the rain

今日は江戸美学研究会の浮世絵セミナーで、葛飾北斎ゆかりの場所に触れるウォーキングツアー。残念ながら、雨になってしまいましたが、待ち合わせを濡れない場所にしてくださるなど、江戸しぐさ的心遣いで、新御徒町駅からスタート。案内役は、以前の浮世絵セミナーでもお話くださった、北斎研究家の島田賢太郎先生です。

まず向かったのは、長尾版画匠。浮世絵の最長老摺師、長尾直太郎さんの工房です。直太郎さんは、現在お体の調子がすぐれないとのことで、工房にはいらっしゃいませんでしたが、息子さん達が彫師と摺師として後を継がれているそうです。浮世絵や竹久夢二の版画が飾られた店内の奥に作業場があります。この小さな工房から、浮世絵が現代に甦ってきたのだなぁ、と思うと感無量。

その後、元浅草の誓教寺へ。ここには北斎のお墓があります。墓石には「画狂老人卍墓」と書いてあります。欠けたり折れたりした所を修復した跡が見えます。
DSCN3798.jpg

周囲のお墓も由緒のありそうな。。。
DSCN3797.jpg

このお寺は、北斎の位牌や肉筆画も所蔵しているとのこと。頂いた資料に位牌の写真が載っていましたが、変名「三浦屋八右衛門」の名も刻まれていました。

元浅草から西浅草にかけてはお寺が多く、仏具・仏壇屋や法衣屋もあります。そんな中、ひときわ目立つ大屋根が、東本願寺。北斎の「東都浅草本願寺」に描かれたものです。
DSCN3803.jpg

作品では、この屋根の上部から富士山を眺めるような描き方になっています。
DSCN3802.jpg

大屋根の目の前に同じ高さの建造物があったわけではないので、これは上からどう見えるかを北斎が想像して描いた景色です。右手前に大きく描かれた屋根に対して、遠くにある富士山、雲を突き抜けてたなびく凧によって大気の動きが感じられる気持ちの良い絵ですね。

さて、ここから浅草寺まではすぐ。六区や伝法院通りを通って境内に入ります。雨でも随分と人が出ています。本堂では、震災被災者追悼法要の案内もありました。
DSCN3806.jpg

ツアーは、アミューズミュージアムの浮世絵シアターで、映像を見て終了。取り上げられていたのは、広重のものが多かったですが、北斎の最も有名な絵の一つ「神奈川沖波裏」の解説も。浮世絵一枚に詰まっている当時の風俗や情報、判じ絵など、細かく見ていくと魅力が一杯。先週のイベントでも、銀座の渡邊木版美術画舗の社長さんから面白いお話をうかがったので、それについてはいずれまた書きます。

絵だけを見ているとスゴ過ぎて、この世の人と思えなかった北斎。また、富嶽三十六景が有名であるが故に、複製や広告使用も含め、あちこちで見てきた結果、ポスター的なイメージが染み付いて、原画製作者の存在が遠くなっていました。街の風景はすっかり変わってしまったけれど、北斎が150年ちょっと前まで生きていたことを、お墓に行ったり、彼の見た景色の痕跡を辿ることで少し実感した雨の一日でした。
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