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Miho Sato

Author:Miho Sato
「舟遊び みづは」運営主体の、株式会社フローティングライフ代表取締役。
江戸の人が遺してくれた東京の水辺は貴重な財産。数名で貸し切れて、江戸工芸に触れて楽しみながら、ゆったりと江戸の粋や情緒、名橋の数々を満喫できる舟遊びを提供します。
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05月21日(土)

新橋芸者の「新橋」は、オヤジの聖地新橋じゃない?

本日は、銀座を舞台に様々な楽しいイベントを企画しているTRA3のセミナー「TRA3 銀座100年物語/山東京伝生誕250年/『粋な経済の舞わし方』」に行ってきました。ちなみに経費を除く全収益が震災チャリティとして寄付されるそうです。

4名の講師が次々に登壇、「震災後の社会がどうなるか」「新橋花柳界の成り立ち」「浮世絵版画の歴史」「着物デザインの革命」という盛りだくさんな内容でした。それぞれに面白かったのですが、花柳界の話は今回初めてだったのでちょっとご紹介。

講師は、銀座八丁目にある料亭、金田中の3代目ご店主。あの辺の料亭に上がる芸者さん達は、新橋芸者といいますが、この新橋というのは、今の港区新橋(新橋駅周辺)のことではないそうです。今は首都高速になっている昔の築地川を境に、東銀座から今の銀座八丁目あたり。確かにそこには新橋演舞場があり、どうして新橋から離れているのにそう言うのかなぁ?と思っておりました。

幕末に金春太夫という能役者が、幕府から拝領した土地を貸した相手が様々な芸事のお師匠さんたちで、皆さんキレイどころだった由。新橋は藩の下屋敷が集まっており、屋敷での宴の音曲や踊りがお師匠さん達に依頼され、宴席に出るようになったのが新橋芸者のはしりだそうです。

勤皇の志士達が江戸に来た際、当時隆盛を極めた柳橋では田舎者と馬鹿にされて遊ばせてもらえず、彼らを温かく受け入れたのが新橋だったそう。志士達はその後明治維新で権力者側となり、彼らがご贔屓筋となった新橋は、柳橋を逆転した、という経緯があるとのことです。柳橋より歴史がない分、進取の気風に富み、明治から大正期にかけて、ハイカラモダンの発信地であった新橋。

その芸者さん達が日ごろ鍛錬した芸を公にお披露目するのが、年に一度の「東をどり」です。5月27~30日に行われます。今年は震災のために、実施するかどうか議論があったそうですが、やるなら明るくやろう、東北にいる同業者の方々を支援するチャリティとしよう、ということで実施が決まったとおっしゃっていました。会場では、東北の7つの蔵元のお酒や、会津のお米に近隣の有名料亭のご飯のお供を付けて販売するそうです。踊りを見に行ってお米が重たいのは無いだろう、ということで、三合パックのお米を売るそうです。その辺の気遣いが粋ですね。

ご店主と一緒に、新橋芸者さん4名も宣伝にみえていましたが、着物の着こなしがとてもこなれていて、お化粧もキレイで人目を惹きます。芸事にも精進しているからこその立ち居振る舞いの美しさが、単なる華やかさとは違う、落ち着いた品の良さを醸していて、とても素敵でした。

東をどりは、普段は一見さんお断りの料亭の世界を少し垣間見ることのできる貴重な機会。私も今まで、ご贔屓さんが招待されて行くイベントだと思っていましたが、チケットを買って一般の人が見られるものなのだそうです。せっかく由来をお聞きしたので、時間を見つけて艶やかな芸者さん達の踊りを拝見しに行こうかと思っています。
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