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Miho Sato

Author:Miho Sato
「舟遊び みづは」運営主体の、株式会社フローティングライフ代表取締役。
江戸の人が遺してくれた東京の水辺は貴重な財産。数名で貸し切れて、江戸工芸に触れて楽しみながら、ゆったりと江戸の粋や情緒、名橋の数々を満喫できる舟遊びを提供します。
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02月27日(日)

最上川・庄内の旅(その肆)-鶴岡と酒田-

川下りで自然を、そして庄内の伝統料理や新鮮な食材を楽しんだ旅。冬だったので、今回は羽黒山に登ったり、海遊びをすることはできませんでしたが、庄内の2つの町、鶴岡と酒田で歴史に触れることができました。鶴岡出身で、庄内を舞台とした時代小説を多く遺した藤沢周平。彼の小説に登場する「海坂藩」は、実在した庄内藩がモデルです。

庄内藩主酒井家のお城があった鶴岡は武士の町。1805年に建てられた藩校致道館。
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すぐ近くに鶴岡城址があり、敷地内の藤沢周平記念館では、藤沢周平の自筆原稿などが展示されています。全作品を収蔵した読書室があり、雪に降り込められながら、ここで一日読書しているのも悪くないなあと思わせる快適空間。お堀跡は、すっかり凍っています。
Image265.jpg

給料が米だった江戸時代、換金作物である米作が盛んであり、大阪や江戸に大量の米を出荷していた庄内藩は、財政状況も他藩より良かったのではないかと思います。それだけに、幕府から色々な工事を命じられて弱体化の標的とされたようですが。

酒田の代名詞とも言える山居倉庫。1893年に建てられましたが、今も現役の米倉庫として活躍しています。
DSCN3307.jpg

倉庫の裏の神社には、米俵形の注連縄があるのも面白いですね。
DSCN3300.jpg

山居倉庫は新井田川に面しており、倉庫の前から船を出せるようになっていました。大量輸送の唯一の手段は船でしたから、舟運に便利な場所に造ったわけです。
DSCN3280.jpg

山居倉庫と似たような形をした倉庫が、羽越線の沿線のあちこちにありました。これは余目駅近くの倉庫の背景に出ていたきれいな夕焼け。画像加工無しで、この色。キレイでした~。
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各地との交易で財を成した裕福な風流人達や、酒田を訪れる商人達が通った料亭や妓楼などが酒田には沢山あったようで、今もその一部が歴史遺産として残っています。古い建物が歴史遺産の視点から保存されることは大事ですが、そこでの暮らしぶりや遊びぶりが垣間見えたり、実際に使ったりできる形が理想的。山居倉庫のように、今も現役の倉庫として大切に使われているのは素敵ですね。100年以上経った建物が自分の職場って日本ではあまり経験できないですもの。
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