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Miho Sato

Author:Miho Sato
「舟遊び みづは」運営主体の、株式会社フローティングライフ代表取締役。
江戸の人が遺してくれた東京の水辺は貴重な財産。数名で貸し切れて、江戸工芸に触れて楽しみながら、ゆったりと江戸の粋や情緒、名橋の数々を満喫できる舟遊びを提供します。
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05月08日(水)

戦後初の善光寺出開帳@両国回向院

「牛に引かれて善光寺参り」という諺にも出てくる長野県の善光寺。江戸時代に建てられた総檜皮葺きの立派な本堂の威容が印象的ですね。スキーの時など、今までに三度訪れたことがあります。

その善光寺の仏様が、宝物と共に出張して来る出開帳(でがいちょう)が、両国の回向院にて5月19日まで行われているので、行ってきました。普段善光寺に行っても見ることのできないものが来ています。東日本大震災の「復幸支縁」として、収益の全額を被災地支援に充てるということで企画されました。


出開帳は、江戸時代にはあちこちで行われたようですが、1778年に回向院で行われた善光寺出開帳は、特に賑わったそうで、60日間で1603万人!も参詣したそうです。仏様のほうからわざわざ出向いてくださるとは、こんな有難いことはない、ということで善男善女が集った由。浄財で、伽藍の建造も出来るし、出向いた先の人は喜ぶし、お互いにハッピーな催しだったようですね。

参拝料は千円、お戒壇めぐりは500円。


回向柱、というこの柱、頭のほうに綱がありますが、これが仏様と結ばれており、柱に触れる=仏様に触れるのと同じだそうです。通常は、長野の松代町から柱が奉納されるのですが、今回は陸前高田市の杉を使っています。


ご本尊は秘仏で、善光寺でも公開されず、7年に1度の開帳では、分身の前立本尊が公開されるそうです。今回見られるのは、出開帳仏。中央が阿弥陀如来でした。撮影は禁止です。思ったより小さい仏様でしたが、心安らぐお顔をしていました。

モダンな建築の念仏堂の2階。スワロフスキーのクリスタルの念珠が何本も下がっています。


この念珠の大きい珠をよく見ると、仏様の姿が刻んであります。全部違う仏様だそうです。


この念仏堂2階には、津波の被害にあって、瓦礫や泥の中から掘り出された陸前高田の観音様2体も安置してあります。取れてしまった指先の修復跡がなんだか痛々しい感じで、お顔の優しさとの落差に胸が少し苦しくなります。犠牲者の供養のために、陸前高田の松で作られたお地蔵様もありました。この部屋の襖絵は千住博さんの滝をモチーフにした絵で、厳かな静けさと平安を感じる淡い青のグラデーションが素敵でした。ここも撮影できず残念。

本堂では、善光寺の宝物と、回向院にお墓があった鳥居清長の浮世絵の展示が。


山門にかけられていた「善光寺」の扁額、高村光雲の金剛力士像や、釈迦涅槃像などの仏像。皇女和宮のものと言われる嫁入り道具の蒔絵工芸品などが見られます。歌麿や写楽にも影響を与えたと言われる、元祖浮世絵美人画の名手鳥居清長の作品もゆっくり見られました。

最後はお戒壇めぐり。真っ暗な回廊に入り、手探りで仏様の真裏にある錠前を探して触れると、仏様との結縁(けちえん)が叶う、というもの。善光寺は本堂の裏から階段を下りて行き、もっと広い感じがしましたが、こちらは簡易的なものということもあり、すぐに終わってしまいました。でも錠前には触れることができましたよ。

さて、回向院といえば、ペットの供養のお寺として知られていますが、有名な人のお墓もあります。

浮世絵の展示があった鳥居清長のお墓は、過去帳に名前はあるものの、墓石は失われてしまったらしく、現在は顕彰碑があります。寄進者には、猿之助さんや玉三郎さんの名前もありました。


こちらは中村勘三郎のお墓。何代目の勘三郎かはわかりませんでした。昨年亡くなった勘三郎さんの菩提寺は、浅草の西徳寺。もう先代のお墓に入ったのでしょうか?納骨されたのかどうかわからなくて気になるところ。
竹本義太夫のお墓もあり、周りには人形浄瑠璃の太夫さんと思われる方々の名が刻まれた墓石が沢山ありました。


そして、江戸時代の義賊、鼠小僧のお墓。「鼠小僧っていたの?」という方も多いと思いますが、実在したそうです。武家屋敷に盗みに入り、貧しい人に分け与えたとか。勘三郎さんの鼠小僧を思い出しちゃいます。


他にも山東京伝のお墓や、勧進相撲の歴史をしのばせる力塚などもあり、石碑を色々見ているだけでも江戸の名残を感じられます。

回向院を出てちょっと行けばすぐに川。久しぶりの竪川です。この川は橋が低く、水深も浅いところがあるようで、私はまだ船で通ったことがありません。でも、タモリが「パルテノン神殿」と言ったこの高速の橋脚がずっと規則的に連なるサマは、心惹かれますね~。


江戸時代の出開帳の時は、両国橋を渡ったり、この竪川まで船で乗りつけて回向院に来た人が多かったんでしょうね。期間中にお練り法要やコンサート、落語やお能などのイベントもあるので、江戸の人の人気を博した出開帳参詣を疑似体験できるこの機会、なかなか無いことでもあり、少しでも沢山の人に楽しんでほしいなぁ、と思います。
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