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Miho Sato

Author:Miho Sato
「舟遊び みづは」運営主体の、株式会社フローティングライフ代表取締役。
江戸の人が遺してくれた東京の水辺は貴重な財産。数名で貸し切れて、江戸工芸に触れて楽しみながら、ゆったりと江戸の粋や情緒、名橋の数々を満喫できる舟遊びを提供します。
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04月30日(火)

来て感じるほうがやっぱり私には向いてるなあ

翌日はレンタカーを借りて、まずは山元いちご農園へ。メールで予約をしていたので、常務さんが「あぁ、千葉県の方ですね。わざわざありがとうございます。」と迎えてくれました。

ハウスは8棟並んでいます。一つ一つが結構大きいです。


そもそもイチゴ狩り自体も初めての私。ハウスに入ると、甘い香り一杯。期待が高まります。この日の気温は20度近くだったので、特に香りが強かったみたい。震災前は地面に直接植えていたイチゴ。津波により、潮水浸しになった水田で始めた農園は、土を除塩する代わりに、高設栽培を選択しました。腰より少し高いので、収穫作業はやり易くなったのだそうです。


熟したものを選びながら、イチゴを口にいれると、瑞々しくすっきりした甘さが口内に広がります。幸せ~。イチゴ狩りは30分。最初はパクパクと快調でしたが、10分ちょっとでもう苦しくなって来ました。すこしペースダウンしつつも、イチゴ2パック分ぐらいは食べたかなあ。


農園の入り口にある建物では、イチゴのパック詰め作業が行われています。


これが、出荷前の状態。国道沿いの売店にも持っていくそうです。


ゴールデンウィークは、イチゴ狩りの予約も随分入っているとのこと。少しでも多くの人が訪れて、再建の歩みを進める力になったらいいなぁ、と思います。

次は、同じく山元町にある、工房地球村へ。地球村は、精神障害者の方が通う授産施設で、名産のイチゴを使ったジャムなどを作っています。ジャムの材料となるイチゴを作る農家が震災で激減し、苦しい時を過ごしてきました。


施設内のこのカフェは、津波によって人々が集まる憩いの場がなくなってしまったことを受け、障害の有無にかかわらず、地域の人が自由に集まって語り合える場所を作って、これまでずっと支えてきてくれた地域の人にお返しをしたい、という思いで作られた由。施設の方が描いた絵が飾ってあります。


ジャム以外にも、イチゴをモチーフにした手ぬぐい、コーヒー豆や津波の体験を綴った冊子などが売られています。ちなみに、このジャムは完熟のイチゴを使っていて、ペクチンを使用しておらず、とても香りが高くて優しい甘みのジャムでした。


カウンターで、リーダーの女性(健常者の方)が、震災後の心境など色々お話してくれました。


3月11日近辺は、テレビで東北のことが色々取り上げられたけれど、その日が終わるとパッタリと放送されなくなったこと。テレビを見た人に「復興してよかったね」と言われて、「え?まだ全然なのに」と複雑な気持ちになったこと。自分の家が全壊し、知らない集落に移って来たけれど、やっぱり寂しい、と電話で以前のご近所さんと慰めあっていること。などなど。

そして以前、南三陸でも聞いたのと同じ言葉が。「ボランティアしなくていいから、お土産も買わなくていいから、見に来てほしいんです。来てくれるだけで、あぁ、まだ忘れられていないんだなぁって思えるから。」

関心が薄れて来ているのは事実だと思います。私の周囲でも、被災地に最近行った人はあまりいないし。行きたくても色んな事情で行けない人もいるでしょうが、こうした東北の人の思いはなかなか伝わっていないと思うし、訪れるモチベーションを高める仕掛けがもっといるのかもしれません。

イチゴを沢山食べたわりには、殆どが水分ということもあり、お昼にはまたお腹が空いてきました。
仮設店舗で営業する、工房地球村からすぐのラーメン屋さんへ。パイプ椅子に会議机という状態ですが、あっさり醤油に縮れ麺という私好みのラーメンで、美味しかったです。


宮城県の一番南、山元町から沿岸部を仙台市まで北上します。
亘理町の荒浜漁港に立ち寄りました。漁港は工事が進行中ですが、漁は行われています。
港にある「フラミンゴ」というお店。ホッキ飯やハラコ飯が有名です。晩ご飯用に購入。お弁当の写真を撮り忘れたので、包み紙の写真を。「ほっき」と「発起」をかけているんですね。


ホッキ貝のフライも1つ買ったら、「スープ飲んで行って下さい。」と座らせてくれました。昆布や魚のアラで取ったと思われる、出汁は利いてるけれど、塩分控えめの滋味あるスープ。舌に丁寧さが伝わります。


ここから阿武隈川を渡り、岩沼、名取、仙台と一気に北上。「国交省除塩作業」などと書かれた白い幕が車の前面に張られているダンプカーがとにかく多くて、その車列の迫力にまだまだ平常時とは程遠いことを思い知らされます。

ぽつりぽつりと残る家から、ここは農地ではなく住宅地だったのだ、と気付かされたり。2年以上経過しても、このように1階にビニールシートが張られた家が点在しています。


海が見えるところを走りたいと思いましたが、瓦礫焼却場になっていたり、工事作業中で一般車両は通行止めだったり、道路がなくなっているところがあったりして、漁港以外は海が見えるところに到達できませんでした。この仙台平野は農地が多いので、何も知らない人が見ると、瓦礫が撤去された跡も平らで田畑に見えてしまい、かつてそこに人の暮らしがあったことを感じるのがどんどん難しくなっています。

今後この一帯がどういう形で人の住む場所を確保していくのか、高台のないこの付近では、集団移転についても各市町村ごとに施策が違い、合意形成が難しい地域もあるようです。

被災地に来ると、自分がどれだけ恵まれているかを改めて気付かされます。今の幸せが当たり前じゃない、ということも。そして、厳しい体験を経て立ち上がり、日常を取り戻そうとしている方々とお話することで、自分に問いかけるきっかけをもらいます。本や映像で知ることや、都内で応援の買い物をして現地の様子を想像するのは、私には限界があるみたい。目で見て、匂いを嗅いで、足の裏で感じるほうが、私には向いています。その場で採れたて、出来たてを食べるほうが美味しいですしね~。

次はいつ来られるかなぁ。でもきっと東北を再訪します。
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