◆お知らせ◆
舟遊びみづはウェブサイト
http://www.funaasobi-mizuha.jp/
茶色白抜きロゴ

◇Twitterアカウント◇
@riverboatmizuha

◇舟遊びみづは Facebookページ◇

舟遊びみづは Riverboat Mizuha



プロフィール

Miho Sato

Author:Miho Sato
「舟遊び みづは」運営主体の、株式会社フローティングライフ代表取締役。
江戸の人が遺してくれた東京の水辺は貴重な財産。数名で貸し切れて、江戸工芸に触れて楽しみながら、ゆったりと江戸の粋や情緒、名橋の数々を満喫できる舟遊びを提供します。
http://www.funaasobi-mizuha.jp/
ツイッターでもつぶやいてます:@mihobjm

カレンダー
08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
最新トラックバック
検索フォーム
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

--月--日(--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
 
12月16日(日)

江戸文字の名匠の話で気合が入った

前の記事で、中村勘三郎さんのことを書きました。気持ちに整理をつけるためでした。でも、ずっと引きずっていました。何もやる気がしなくなって、追悼番組をひたすら見て、追悼記事をネットや雑誌で拾って読んで、ツイッターの伝統芸能リストに入れている方々の嘆きのつぶやきを追う。寒くなって、修業先でのクルーズの仕事もお休みが多くなったのをいいことに、そんなグダグダな日を過ごしたこともありました。

「私、どうしちゃったんだろう?」「親しい人や家族が死んだわけでもないのに、何やってるの?」ともう一人の自分が問いかけます。それでも勘三郎さんを偲ぶちょっとした記事や映像で涙が出てきたりして、夢が一つ消えたことが自分の心に与えるインパクトの大きさを知りました。

そんな中、伝統芸能を中心としたイベント企画をしている新日屋さんの江戸遊学講座で、勘三郎さんとも親しかった江戸文字の書家橘右之吉さんの講演があることを知り、参加してきました。
Photo 12-12-17 11 07 21
(チラシより)

江戸文字には、寄席文字、芝居文字(勘亭流)、相撲文字(根岸流)、江戸文字、の4種類があるそうです。落語や歌舞伎のポスターや看板、相撲の番付のほか、半纏や法被の背中やお寿司屋さんの暖簾など、結構いろんな所で目にします。マイクロソフトオフィスのフォントにも勘亭流がありますね。

右之吉さんの実家は鳶の家で、酉の市の熊手も作っていて、子供の頃は熊手のパーツの色塗りなどの手伝いをやらされたそうです。本来なら鳶の跡継ぎになるはずが、なんと梯子から人が落ちるのを見て以来高所恐怖症になってしまい、お母さんが止めさせたそうです。

近所のお風呂屋さんからもらったビラ下券(ポスターの下に付いていた無料招待券)で寄席にしょっちゅう通ううち、寄席文字に「ビビビッ」と来て橘右近師匠に中学生で弟子入りし、高校に通いながら修業をされた由。雑巾の絞り方から叩き込まれたとのこと。

江戸文字の特徴は、右肩上がりで余白をなるべく埋めるように書くのだそうで、これは興行収入が上がるように、お客が詰まるように、という縁起かつぎ。それで芝居や演芸などに使われてきたのですね。

スライドで、右之吉さんの作品を色々見せていただきます。浅草寺にある大提灯「志ん橋」の文字、柴又帝釈天の庚申のチラシ、勘三郎さんの襲名披露のまねき板等。平成中村座のニューヨーク公演の際、勘三郎さんと一緒に写っている写真もあり、ドキッとしてしまいます。勘三郎襲名の時に、字があまり上手くない勘三郎さんのところに出稽古に行き、サインの字を教えたというエピソードも。

お話の後の、書の実演は、スクリーンに手元を写してもらい、筆遣いなどもわかりやすかったです。会場から手を挙げてもらって、好みの一文字を色紙に書いてくれるサービスも。「豊」「愛」「遊」など色々な文字が出てきます。色紙の下部に収まるのかなあ、と見えるものでも、出来上がるときちっと四方からのバランスが取れていてさすがです。筆の毛の長さ全部を使って太さを出すのだそうです。また墨をたっぷり使って、かすれないように書くものなのだとか。

勘三郎さんの「勘」の字をお願いした方がいらっしゃり、書いている右之吉さんの目がうっすらと赤くなっているのがわかった時は、こちらも目が涙で霞んでしまいました。この字に対する右之吉さんの思い、私などには想像できないほど深いものがあるのだと思います。

おこがましい話ですが、親しい友を失ったばかりなのに、その人の思い出話を愛情を込めて語ってくださった右之吉さんの姿を見て、喪失感をリアルに共有できた気がしました。そして何故だか元気が出てきました。こうして日々の自分の仕事や責務をこなしながら、悲しみを乗り越えようとしている方を目の当たりにしたことで、自分に喝が入ってのでしょうか。

勘三郎さんの生きたかった今日を、明日を私は生きられるんですよね。それを忘れちゃいけないですね。
関連記事
 

Trackback

URL :
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

 

Comment


    
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。