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Miho Sato

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06月24日(日)

月島はもんじゃだけじゃない

東京都中央区月島、と聞くと、多くの人が、もんじゃを思い浮かべるのかもしれません。実は歴史はそう古くなく、平成に入ってからもんじゃ屋の開店が相次いだそうで、昭和30年代には4件しかなかったそうです。

そんな月島の歴史を詳しく知る機会がありました。最近一緒に乗船することの多い、月島在住のS船長が、ガイドのネタに、とこんな小冊子をくれたのです。



現在修業している東京湾クルージングの船も、月島に係留されていて、通うことの多い場所。前々職は豊洲にオフィスがあり、会社帰りに飲みに来たこともある場所。埋め立て地なんだろうなぁ、と思いつつ、いつ頃造成されたのか、知らずにいました。

隅田川の河口付近は、土砂の自然の堆積で水深が浅かったので、大型船が入れなかったそうで、港湾整備のための浚渫が明治時代に行われ、そこで揚げた土を使って、埋立地を作ったのが月島です。明治25年(1892)に竣工したのが最初で、現在もんじゃストリートと呼ばれる西仲通りもこの時に出来ました。

ここに建設されたのが、日清・日露戦争を契機に発達した、機械工業や金属製造の工場群。すぐお隣の佃島にあった、石川島造船所(今の石川島播磨重工業)の下請の工場が沢山あったそうです。その頃の通勤の足は船。月島の渡しというのが明治25年の埋立地竣工と同時に設置され、勝鬨橋が昭和15年(1940)にできるまで続いた由。

島ですから当然水に囲まれているわけで、船での物資の輸送や工業用水にも便利だったのでしょうね。こうした歴史の名残で、今も河川土木工事用の曳船や作業船などの基地になっているところが点在していますし、あさり・しじみ漁の小さな漁船が係留してあったりします。

この水辺に恵まれた街から、船で繰り出すとすぐに、東京が水の都だと感じさせる風景が現れます。特に夜。美しい夜景が待っています。キレイにライトアップされた勝鬨橋や永代橋、シャンパンゴールドの東京スカイツリー、ベイエリアの煌きがあります。すぐ近くに素敵な夜景がある立地なのに、もんじゃで有名になりすぎて、他になかなか目が向かないのは惜しいことです。

byakei2.jpg


今週の金曜、29日には月島発のナイトクルーズをやります(詳細は、このブログのお知らせ欄を見てください)。特に晴海や勝どき、豊洲など近くにお勤め・お住まいの方に、自分の近所からすぐ手の届く所にこんな非日常があるんだ~、ということを知ってもらえたらなぁ、と思っています。

byakei1.jpg


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