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Miho Sato

Author:Miho Sato
「舟遊び みづは」運営主体の、株式会社フローティングライフ代表取締役。
江戸の人が遺してくれた東京の水辺は貴重な財産。数名で貸し切れて、江戸工芸に触れて楽しみながら、ゆったりと江戸の粋や情緒、名橋の数々を満喫できる舟遊びを提供します。
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06月13日(水)

「日本橋」 ランドマークだからこそ辿れる過去がある

江戸東京博物館で開催中の「日本橋 描かれたランドマークの400年」 に行って来ました。


江戸のシンボルでもあった日本橋が、浮世絵や絵巻、近代版画や写真で捉えられていて、そこから時の流れや、橋の変遷がわかり、毎日のように日本橋とその周辺を眺め、通航する身にはとても興味深いものでした。

上流側から魚河岸と江戸橋を眺める視点で描かれたり、上流の西河岸や、高札場がテーマになっていたり、コンクリートの護岸とビルに囲まれた現代とは全く違う風景が次々と出てきて、想像力を掻き立てられます。

また、日本橋の西側のアーチのには黒く焦げた所があり、関東大震災で燃えた船が引っかかって焦げたと話には聞いていました。今回の展示で関東大震災の日本橋の様子を描いた絵があり、船が燃えながら流れている図もあって、よりリアルにその情景を掴むことが出来ました。ちなみに日本橋は関東大震災と第二次世界大戦でも落ちずに耐え抜いた橋です。

日本橋からは、江戸城、富士山、魚河岸が見えるのが売りだったので、その三点セットを描いた絵も沢山ありました。今は高速道路に蓋をされたような状態だし、日本橋に限らず、高層ビルが沢山ある現在、日本橋から富士山が見えることを想像するのはなかなか難しいものです。でも、江戸時代の人にとって、五街道の起点であり、江戸最大の繁華街であったここから富士山とお城が見えることが誇りだったのではないかしら。

今、東京スカイツリーが開業して賑わっていますが、展望台からは、皇居も富士山も見えるし、様々な有名スポットが一度に俯瞰できることが、いつしか皆の誇りになって行くのかな、と思います。

展示されていた版画の中で、一番いいな、と思ったのは、ノエル・ヌエットのこの版画。雨の日本橋を描いていることがシブイですね~。

(展覧会図録より)

そして、大正新版画の大御所、川瀬巴水の日本橋。彼の作品「清洲橋」のほうが私はずっと好きですが、"らしさ"は出ています。

(展覧会図録より)

今、船着場のある日本橋の滝の広場は、江戸時代は罪人の晒し場でした。(生首晒しではありません、念のため)そして、現在、野村證券ビルがあるところは、明治時代には電信局の洋館が建っていたそうで、これも江戸と明治の人が絵を遺していてくれたからわかるんですよね。感謝、感謝。

個人の住宅だと、自分の家の前がどんな姿だったのか、よほど繁華街や名家とか、代々人が住んでいるところでないとわかりません。そういう意味で、ランドマークであった日本橋が、1603年に架けられてから現在まで、色々な形で記録され続け、その変遷を後年辿ることで過去と現在を結びつけることが出来るのは、素敵なことだなぁ、と思ったのでした。

知れば知るほど奥が深い日本橋。益々好きになっちゃいました~。
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