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Miho Sato

Author:Miho Sato
「舟遊び みづは」運営主体の、株式会社フローティングライフ代表取締役。
江戸の人が遺してくれた東京の水辺は貴重な財産。数名で貸し切れて、江戸工芸に触れて楽しみながら、ゆったりと江戸の粋や情緒、名橋の数々を満喫できる舟遊びを提供します。
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01月28日(土)

遺してくれたものの意味を知ることが今を生きるヒントに

9月の終わりに「日本文化なぜなにセミナー」第一回のことを「言い伝えや迷信の合理性を突き詰める民俗情報工学って面白い」で記事にしました。今回は、三回シリーズの最終回「明日の日本に求められていること」。第二回には都合がつかなくて行けず、残念でした。講師は井戸理恵子さん。

明治以後の急激な発展の中、多くの古き良き物を捨て去るうちに「日本人としての記憶」をなくしてしまった今の日本人が、それを思い出すにはどうしたらいいのか?それには、先人が色々なところに残してくれた印を読み取る訓練が必要なようです。

講演の中で印象深かったこと。

・869年に起こった貞観地震は、東日本大震災の調査や報道でクローズアップされたが、この貞観
 年間には、その他にも沢山の地震や洪水などの災害が起こった。当時の人々はそれを神の怒りと捉え、
 その怒りを鎮める為に、祭祀のやり方を確立し、神社仏閣の建立に力を注ぐようになる。現在見られ
 る大きな神社仏閣の形は、貞観年間の災害がきっかけで整うようになった。

・日本の神社は建物よりも神林(鎮守の森)が大事だった。これを大切に護ることが、自然と優れた生態
 系を残すことに繋がっていたが、無秩序な伐採の後、ヒノキやスギのような、水を根に含む力が弱い木
 ばかりを植えたことで、山海が荒れてしまった。

・貞観年間の祭祀確立の中で盛んになってきた修験道、いわゆる山伏は、全国を渡り歩き、独自のネット
 ワークを持っていた。自然の中で生き抜く技術や生薬の調合などの能力が、香具師、富山の薬売りへ
 とつながって行く。今は香具師というと、縁日のテキヤのイメージだが、薬や歯磨きを売る際の
 口上を見世物化した、エンターテイナーの部分が残ったもの。元は優れた薬剤師。

・和食で、器を持ち上げて食べるのは、熱いものを手に持てて、重さを軽くできる木の加工技術と漆が
 あったから。熱くて持てない金属器や磁器の文化を持つ国と食事の作法が異なるのは当たり前。

・外国人が見た明治以前の日本に関する記述を見ると、日本人には、「顔施」があった。笑顔で挨拶
 することで人をもてなす。そして、挨拶・食事の仕方の美しさに感心していた様子がうかがえる。

破壊してきた自然を元に戻すことは容易ではないし、既に取り返しのつかないものもあります。でも、一人一人は心がけ次第でなんとでもなるのに、我が身を振り返ると、恥ずかしくなります。人に挨拶する時、誰にでも笑顔で接しているか、というとそうじゃない時もあるなぁ、と。「顔施」、心しなければ。

自分達が日々何気なくしている動作の意味や背景をきちんと知る機会も必要だな、と思います。テーブルにお椀を置いたまま肘をついて食べている人も、手に持って食べられるような器が作れる素晴らしいアイディアと技術のおかげで、和食の作法が整った、と知れば器を持つようになるかもしれません。

まだまだ知らないことは沢山ありますが、もっと知ろうと思うこと、そして知って良かったことは、周囲に、特に若い世代に積極的に伝えていくことを大事にしたいですね。
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