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Miho Sato

Author:Miho Sato
「舟遊び みづは」運営主体の、株式会社フローティングライフ代表取締役。
江戸の人が遺してくれた東京の水辺は貴重な財産。数名で貸し切れて、江戸工芸に触れて楽しみながら、ゆったりと江戸の粋や情緒、名橋の数々を満喫できる舟遊びを提供します。
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08月03日(水)

老舗の旦那衆の底力が見えた「日本橋百周年記念フォーラム」

7月31日(日)に、日本橋百周年記念フォーラムに行ってきました。名橋日本橋保存会と国土交通省東京国道事務所の共催。橋も道路ですものね。申込をして当選のハガキが来たので、入場は無料でした。会場はコレド室町の日本橋三井ホール。5階にあるので、普段見えない三井本館や三越の上部の装飾がよく見えます。
Nforum1.jpg Nforum2.jpg

プログラムは、
基調講演:「日本橋100年 長寿の秘訣と補修のツボ」
パネルディスカッション:「日本橋さらに100年、地域ぐるみで次世代へ継承」
架橋100周年記念行事 日本舞踊

基調講演は私には結構面白かったです。講演者は、早稲田大学教授の依田照彦さん。日本橋保存管理検討委員会の委員長を務めた方だそうです。まずは日本橋の歴史から。今の日本橋が出来たのは100年前の1911年ですが、これは20代目の橋。初代日本橋は1603年に架けられました。江戸時代には魚河岸があって盛況を極めた日本橋。江戸城と富士山を望めたそうです。当時カメラがあったら、とびきりの記念写真スポットだったでしょうね。

関東大震災も戦争もくぐり抜けた時代の生き証人である日本橋ですが、石橋で100年というのは全然長くないのだそうです。世界には1000年経っている橋もあるとか。通行用ではない、ローマの水道橋などは2000年位経ってもまだ欧州の各地に残っていますから、なるほどと納得。日本は木の方が調達しやすく、木橋を作る技術も高かったので、石橋文化が殆どなかったということなのでしょう。これは架橋当時のイルミネーション(会場写真より)。
Nforum3.jpg

交通量が多く、昭和の半ばまでは都電も走っていた日本橋は、アーチ構造であるために、重力と摩擦力と圧縮力のバランスがうまく保たれて丈夫なのだそうです。100年経っても耐荷性、耐震性、安定性には問題が無く、補修は、経年劣化の部分を補修して、維持することに重点をおいたとのこと。こちらは都電が走る風景(会場写真より)。
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100周年を迎えるにあたっての大改修により、敷石を全部外して石の隙間からの水漏れを防ぐ補修が行われ、敷石は全て元にあった場所に戻されました。大変な手間がかかっているんですよね。加えて、高圧洗浄で、橋の色も花崗岩の元の白い色が現れ、キレイになりました。(会場写真より)
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依田さんは「生き物と同じで、きちんと手をかけてあげれば建造物も長生きするんですよ。」とおっしゃっていました。大改修以外にも、名橋日本橋保存会を中心とした「橋洗い」の行事が毎年行われており、橋を町のランドマークとして大切にしている方々によりケアされています。保存会のメンバーは、江戸時代から続くニンベンや栄太楼などの老舗の旦那衆が名を連ねており、その底力が見えたのが、パネルディスカッションの後の、記念行事の日本舞踊。

登場したのは、なんと市川団十郎と沢村藤十郎。藤十郎さんの妻である扇千景さんが、保存会の名誉理事で、国交相時代に、日本橋に空を取り戻す首都高検討委員会が設置されたというご縁もあったのかもしれません。演目は、団十郎:助六由縁江戸桜、藤十郎:藤娘。人間国宝の踊りを無料で見せてもらえるのは、さすが旦那衆の太っ腹。梨園とのお付き合いも深いのかも。助六では、老舗の方々が浄瑠璃を担当していました。浄瑠璃を手習いするというのも、なんだか老舗っぽいですね(笑)。記念行事の時間には、いかにも普段から着物を着慣れているという風情のご婦人がたが、随分目につきました。

フォーラムが終わって、日本橋へ。話を聞いたあとなので、細かいところにも目が行きます。船着場のある滝の広場へ降りると、こんな真新しい石碑がありました。
Nforum6.jpg

双十郎河岸?石碑の裏に由来がありました。要約すると「日本橋100周年を記念して往時の舟運と賑わいを取り戻すべく桟橋を敷設。その記念行事に東の団十郎、西の藤十郎の舟乗り込みを催し、日本橋川の繁栄を期し、ここを双十郎河岸と命名。」二人の十郎、ということなのですね。「舟は双十郎河岸から出るよ」なんて聞くとちょいと粋な感じがしますねぇ。

日曜の夕方は、歩道を歩く人も少ないので、久しぶりに狛犬顔のライオンとゆっくりご対面。
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船着場を作らせたことはもちろん、ECOEDO日本橋や、今回のイベントを見ていると、日本橋の旦那衆の行動力を感じます。三井不動産などの地元大企業がバックアップしていることもあり、資金力も他の街とは違うのはもちろんですが、日本橋という素晴らしい建築物を街の誇りとし、長年の商いで培った強固なネットワークでその財産を守り、更に盛り立てようとする心意気がカッコいいなあ、と思ったのでした。
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