◆お知らせ◆
舟遊びみづはウェブサイト
http://www.funaasobi-mizuha.jp/
茶色白抜きロゴ

◇Twitterアカウント◇
@riverboatmizuha

◇舟遊びみづは Facebookページ◇

舟遊びみづは Riverboat Mizuha



プロフィール

Miho Sato

Author:Miho Sato
「舟遊び みづは」運営主体の、株式会社フローティングライフ代表取締役。
江戸の人が遺してくれた東京の水辺は貴重な財産。数名で貸し切れて、江戸工芸に触れて楽しみながら、ゆったりと江戸の粋や情緒、名橋の数々を満喫できる舟遊びを提供します。
http://www.funaasobi-mizuha.jp/
ツイッターでもつぶやいてます:@mihobjm

カレンダー
02 | 2013/03 | 04
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -
最新トラックバック
検索フォーム
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

--月--日(--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
 
03月05日(火)

神田川で分水路を眺めつつ、徳川家康に感謝する

東京都公園協会の「分水路と調節池見学ツアー」の抽選に当たり、先週行ってきました。以前ニュースで見た巨大な地下トンネルを見てみたかったのです。神田川水系の治水対策は江戸時代から連綿と続いているので、興味がありました。

神田川水系には日本橋川、神田川、善福寺川、妙正川などが含まれます。東京の西側、杉並区、中野区、練馬区など、水系の上流側に調節池が集中しており、都心の下流部は分水路という形になっています。これは、都心ではまとまった土地が取れないことや、地下を掘るにしても地下鉄網や配管が複雑で密に入り組んでいることから分水路で対応しているようです。

まず午前中は水上バスのカワセミで神田川に行き、分水路の説明を受けます。
神田川の水道橋付近や御茶ノ水あたりで、川に並行してぽっかり口を開けているのがこの分水路。これは、御茶ノ水と秋葉原の間の昌平橋の付近です。
写真 13-02-26 10 42 12

分水路というのは、治水施設の一つで、川幅を広げられない代わりに、川に沿って走る幹線道路の下を空洞にしてそこにも川の水を流すことで、増水を緩和するものです。神田川には4つの分水路がありますが、船から見られる分水路は、御茶ノ水分水路と水道橋分水路。外堀通りの下が分水路になっているんですね。

1971年に最初に完成した水道橋分水路以来、28年かけて、1999年に最後の分水路が出来ました。それが御茶ノ水分水路。御茶ノ水分水路は1.3キロの長さですが、総工費は290億円だそうです。1メートルに2200万円かかってるってすごいですね~。
写真 13-02-26 10 42 11

神田川クルーズでもいつも目にしている分水路。「あの中はどうなってるの?」とお客様に聞かれたこともあります。小さな船でこの分水路内に入る人やツアーも時々ありますね。講師の方は、分水路は一般船舶の航行用にできていないし、明かりも無いので大変危険だ、とおっしゃっていましたが。この部分は外からも見えるので少し安心?
写真 13-02-26 10 52 56

水の揺らぎが分水路の天井に映って、いい感じ。
写真 13-02-26 10 53 08

神田川の下流部、河口から日本橋川との交差点、三崎橋のあたりまでは、護岸の高さは同じに保っており、5.5メートル。神田川も川に背を向けた建物が護岸まで迫っている箇所が多いのが景観的に残念だと常々思っていました。こうなった理由は1959年の伊勢湾台風の後、急いで護岸を建設するのに、川沿いに遊歩道や並木などを作るための用地買収に時間をかけることができず、陸側はいじらずに川側に張り出す形で護岸を作ったからだそうです。

神田川流域は江戸時代からずっと洪水と戦ってきました。1590年頃、家康が江戸城に入ったころ、神田川や日本橋川はまだ無く、自然の川である平川と旧石神井川が江戸の海に流れ込んでいました。日比谷がまだ海に面していた時代。平川の文字の右下が江戸城の本丸です。
写真 13-03-05 12 27 10
(配布資料より)

日比谷入江を埋め立てるのに、平川の流れを東方向に変えたのが日本橋川。石神井川も東方向に付け替えて、今の浅草橋付近に河口が来るようにしたのが神田川。さらに、平川と石神井川をくっつけて、水害対策のため駿河台を深く掘って渓谷状にしたのが1620年代。今の神田川と日本橋川の原型が、このとき出来ました。現在繋がっている神田川と日本橋川ですが、当時は飯田橋から西北は埋め立てられていました。繋がったのは明治時代です。
写真 13-03-05 12 27 52
(配布資料より)

およそ400年前にこれだけの治水工事が行われ、その時変えられた川の流れに沿った地形の上に、今の東京が乗っかっているということ。家康の都市計画力ってすごいなぁ。

さて、午後からは巨大地下空間を訪れます。これは次回に。
関連記事
スポンサーサイト
 
03月12日(火)

人知れず地下に横たわる巨大トンネル-調節池

分水路見学の次は、地下調節池。地下調節池とは、集中豪雨などで氾濫した川の水を取り込んで巨大な地下トンネルに流し込むことにより、洪水被害を防ぐものです。
今回は、中野の方南町にある、こちらへ。
写真 13-02-26 14 12 11

善福寺川の護岸に穴が開いています。奥には網が張ってあり、ビニール袋などが沢山引っかかっていました。
増水した川の水は、ここから地下へと落ちてゆくのです。
写真 13-02-26 14 11 16

その状況を監視するのがこちらのモニター。
写真 13-02-26 15 10 44

調節池の各機能を監視・制御する部分。
写真 13-02-26 15 07 22

写真 13-02-26 15 10 10

模型で水がどのように調節池に落ちていくのか説明してくれます。
写真 13-02-26 14 57 23

殆ど水のない善福寺川が氾濫するとは想像しにくいですが、DVDで見た台風の時の映像では、護岸を越えて道路に浸水していました。川幅が狭いので、一気に来るようです。

善福寺川から取り込まれる濁流の水は、竪穴を回転しながら入る仕組みで、勢いを減じられながらいったん減勢池に溜められ、そこから直径6メートルの導水路を通って、環状七号線の下に掘られた直径13.2メートル、長さ4.5キロの調節池に流れこみます。直径はビル4階分に相当し、調節池は水54万トンの容量(25メートルプール1800個分)があるそうです。川の水位が平常に戻ったら、今度は溜まった水をポンプで汲み上げて川に放流するとのこと。

こちらは、各調節池の水位がわかるモニター。渇水期なので、少ししか水は入っていませんが、この水は消防署との契約で、消火や緊急用に6万トンの水を貯めておくのだそうです。
写真 13-02-26 15 07 30

さて、いよいよ調節池に入ります。地下43メートルに横たわる闇の中へ。エレベーターの定員に限りがあるので、階段を下り、入り口へ。
写真 13-02-26 15 24 40

厚みが1メートルがあろうかと思われるハッチドアをくぐって降りていくと、竪穴から水が落ちてくる減勢池に出ます。上の穴から落ちてくるんですね。1時間50ミリの雨量を想定しているそうです。ちなみに日本で最大の時間雨量の記録は1時間187ミリ(1982年、長崎)とのこと。
CIMG6698.jpg CIMG6670.jpg

案内役の方の懐中電灯の明かりを頼りに導水路を歩きます。
CIMG6680.jpg

地元の小学生が書いた絵が彩りに飾られています。ちなみに小学生がここに来て描いたわけではないそうです。
CIMG6677.jpg

「ヒ」というのはヒビの事。ヒビが入っているところは白く色づけられ、補修されます。
CIMG6679.jpg

白地図のような模様になってますね。年間の保守費は1億円だそうです。
CIMG6690.jpg

導水路から地下調節池に出ました。この真上は、環七が走っているわけです。この様に深く掘っているのは、地下鉄、上下水道、ガス管などを避けて大容量を確保するため。貯めてある水が消防用です。この穴を掘るのは、普通のトンネル工事と同じ、シールド工法。
CIMG6683.jpg

当然携帯は圏外。地上との連絡は無線です。年間を通じ温度はほぼ一定していて、18~20度。夏は涼しくて快適だそうです。

ライトに照らされた影が水のトンネルに映り、なかなか不気味な雰囲気。
CIMG6686.jpg

ここで、係員の方が、真っ暗闇体験をさせてくれました。ライトを消すと広がるのは漆黒の闇。善光寺のお戒壇巡りのようです。ここで毎日点検作業や修理をするのも大変だなぁ、と思います。

約10年の工期、1010億円をかけて完成したこの4.5キロの巨大トンネル。調節池ができる前、平成5年の台風では、3000戸以上が浸水したそうですが、ほぼ同雨量の台風が襲来した平成16年の浸水は46戸と、効果は大きいようです。調節池に水が流れ込むほどの豪雨は、これまで毎年1~2回あったそうです。
CIMG6695.jpg

実は江戸~大正期には、洪水の被害は現代ほど起こっていなかったとのこと。温暖化で台風が巨大化したり、ゲリラ豪雨が頻発していることもありますが、最大の理由は宅地化だそうです。この付近は、雑木林や畑だったので、水が浸み込む逃げ場があったのが、宅地化により行き場がなくなった水が、幅の狭い川に一気に流れ込む状況に至ったということ。

自らが作り出した原因に翻弄され、その防御、減災のために巨額のお金が使われる。人間の暮らしを第一とするのなら仕方のない循環なのでしょうし、今更東京の都市部を農地化することは現実的でもありません。でも、地球は、天は、これをせせら笑っているのかもしれません。

なーんてことを思いつつも、人知れず横たわるこの巨大トンネルとそこに結集された技術はコンテンツとしてとても面白かったです。冬場を中心に東京都公園協会で企画があるようですので、興味のある方はぜひお申込を!誰でも参加できますよ。ただ、往復はがきで申込っていうのがね~(笑)
関連記事
 
03月13日(水)

就航のお祓いってこんなことをするんだ

お手伝いしている東京湾クルージングの新造船エスエスNANO2号が完成し、就航にあたってのお祓いとお披露目クルーズが行われました。一気に気温が25度以上になった日曜日、私達も列席させて頂きました。

桟橋に着くと、NANO1号と、それより一回り大きいNANO2号が並んでいます。赤とグレーのラインがキレイですね。60人定員を予定しているそうです。
写真 13-03-10 9 53 12

写真 13-03-10 9 55 15

桟橋に設置されたお供物の台。
写真 13-03-10 10 05 20

蕪、大根、さつまいもなどの根菜。昆布や果物など。それぞれに意味があるのでしょうね。
写真 13-03-10 10 05 13

神主さんの祝詞が始まります。これまで社長が水辺活性化のために行ってきた業績からNANO2号を建造するに至った経緯なども述べられました。私達も頭を垂れて聴き入ります。
写真 13-03-10 10 14 45

玉串を掲げ、お清めの(?)紙吹雪。風に舞って美しかったです。最後は参列者揃って、二礼二拍手一礼。
写真 13-03-10 10 26 57 写真 13-03-10 10 26 59


儀式の後は、お披露目クルーズ。大横川から隅田川へ。まだ船舶の最終検査が残っているので、NANO1号でクルーズし、後ろからNANO2号がついてきます。大きな弟ですね。
写真 13-03-10 10 52 10

写真 13-03-10 10 53 15

この後、隅田川派川、豊洲運河、汐見運河を経由して平久運河へ。低い橋を何度もくぐりますが、特にこの白妙橋は低い橋。頭をグッと下げて、なかなかスリリング。子供達はディズニーのアトラクションのように楽しんでいました。
写真 13-03-10 11 12 22

NANO2もぎりぎりです。屋根のない船の面目躍如。
写真 13-03-10 11 13 25

平久水門を入って、平久川に入ります。この水門、川幅が狭いのに、なぜ右に小さな門をもう一つ作っているのか、不思議です。
写真 13-03-10 11 13 13

再び大横川。東富橋のトラス。
写真 13-03-10 11 17 38

この日は午後から黄砂か?と疑われた煙霧という現象が起き、強風にも見舞われましたが、午前中の式典だったので、全く影響が無く、暑いくらいの気温でクルーズにはぴったりでした。

私達の船「みづは」も、進水の時にはお祓いをすることになります。我がみづはちゃんには、こんなに沢山乗れないし、とてもささやかな式になると思いますが、今回参加させて頂いたことで、どんな準備をして、どういう手順でお祓いをするのかがある程度わかり、良い経験になりました。
関連記事
 
03月19日(火)

「川の駅」オープン!親水のメッカになれるかな?

3月16日に、江東区に川の駅がオープンし、17日と合わせてリバーフェスタが行われました。場所は、小名木川と旧中川がぶつかる角のところ。最寄り駅は都営新宿線東大島駅。徒歩6分位です。
写真 13-03-16 14 32 35


一番の目玉は、東京で初めて定期運航する水陸両用バス、スカイダックがしぶきを上げて水に飛び込むスロープ。16日は体験乗船と、もう1台の車内見学ができるようになっていました。
写真 13-03-16 8 47 27

また、カヌーや和船など手漕ぎの船の乗船場や、ステージに使える川床、トイレやカフェの入る水彩テラスも整備されました。大漁旗がカラフルに掲げられた乗り場。
CIMG6702.jpg

この日は式典の一部に船のパレードがあり、カヌーや和船がスタンバっています。
CIMG6703.jpg

写真 13-03-16 10 17 16

私は川の駅から小名木川を隔てた番所橋船着場の誘導係だったので、式典や露店の様子はあまり見ることができませんでしたが、スカイダックのスプラッシュの時は、会場が盛り上がっているのがわかりました。これはスプラッシュしてすぐの画像。
CIMG6704.jpg

ちなみに露店は、地元の森下や亀戸の商店街の老舗の品物を売っていたり、江東区にある芝浦工大や海洋大のブースも出ていました。

和船と水陸両用バスがこうしてすれ違うというのは、ありそうでなかった東京の川の新風景ですね。
CIMG6707.jpg

水彩テラスをのぞいてみると、足湯があります。窓のほうを向いているので、スカイダックの入水を見ながら足湯でゆっくりお喋り、というシーンを想定しているのかな?
写真 13-03-16 11 54 08

また、スカイダックグッズも販売していました。
写真 13-03-16 11 54 44

私が担当していたのは、番所橋船着場から、横十間川経由スカイツリー下のおしなり公園船着場まで往復する小型船の社会実験クルーズの誘導。三社が参加していました。定員が10~12名ということと、イベントの人出のおかげもあり、全便満席で出航しました。天気にも恵まれ、気持ちの良いクルーズだったのでは?
写真 13-03-16 12 38 07

スカイダックは3月17日から定期運航が始まり、スカイツリー発着コースと、亀戸梅屋敷発着コースが用意されています。いずれも、この川の駅のスロープからバッシャーンッ!と入り、旧中川を少しクルーズして再び陸地に戻ります。実は18日の亀戸コースを予約していたのですが、強風のため、運休になってしまい、まだスカイダックは乗船できていません。乗ったらまたレポートしたいと思います。

これから川の駅には、毎日のように水陸両用バスが訪れますが、川の駅発着ではなく、トイレ休憩のみなので、水彩テラスのカフェや売店にこれからどの位お金が落ちるかは未知数です。せっかく立派な施設ができたので、人の集まる場所になって、沢山利用されるといいですよね。

手漕船の乗船場ができたことで、和船やカヌーだけでなく、カヤック、スタンドアップパドル(SUP)などの水上スポーツの拠点として、江東区のみならず、区外の人達も気軽に遊びに来られる形ができたらいいなあ、と思います。ボートやSUPが手ごろな料金で借りられる場所ができたり、川床で自由にイベントができたりすると、本来の目的である水辺の賑わいが定着するのではないかと思います。規則で縛り過ぎない施設運用になることを期待しています。
関連記事
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。