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Miho Sato

Author:Miho Sato
「舟遊び みづは」運営主体の、株式会社フローティングライフ代表取締役。
江戸の人が遺してくれた東京の水辺は貴重な財産。数名で貸し切れて、江戸工芸に触れて楽しみながら、ゆったりと江戸の粋や情緒、名橋の数々を満喫できる舟遊びを提供します。
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12月05日(水)

私の妄想はもう叶わないけど、勘三郎さんへ感謝を込めて

今日は朝から涙にくれた一日でした。中村勘三郎さんの訃報で感じている大きな喪失感は、これまでの著名人の死では感じたことがないものでした。大好きな役者さんだった、同時代を生きてきた、ということだけでは、ここまでつらく感じないと思うのです。ネットやテレビの報道を見ながら、どうしてこんなに悲しいんだろう?自分の気持ちに整理をつけたくて考えていました。

理由の一つは、生身の勘三郎さんが演じる舞台を何十回も見て、なんとなく勘三郎さんを近くに感じていたんだと思います。あぁ、あの時はこんな演出だったなぁ。舞台外で待機してるのを見物してたら手を振ってくれたなぁ。本水(ほんみず)の仕掛けの後、花道を走ってくる勘三郎さんの着物からしぶきがかかったなぁ。などなど、沢山のシーンが目に焼きついていて、まるで友達や恋人との思い出みたいに浮かび上がってくるのです。

もう一つは、自分の荒唐無稽な夢がもう叶わなくなってしまったという悔しさ。勘三郎さんが生きていてくれたら、1000万分の1の確率でも、叶うかもしれないという妄想が私にはありました。それはいつか勘三郎さんを舟にお招きすることがあったらいいな、という夢。私が考えている舟は、歌舞伎役者さんのような、日本文化に造詣の深い方々に「うん、違和感ないね」と言ってもらえるような設えにしたいと思っています。伝統芸能に携わる方の似合う舟になったら、いつかはもしかして、もしかするかも?という妄想を膨らませてはニンマリしていました。

私は勘三郎さんのただのファンで、直接のつてがあるわけではありません。伝統芸能関係の知人はいるけれど、それを辿れるとも限りません。でも、他人に「アホか」と思われようと、夢を見るのは自由、そんな淡い夢が励みになるのです。でも、それは勘三郎さんがこの世に存在していることが前提だったんです。今朝訃報に接するまで、その事を意識していませんでした。というか、まるでPCの強制終了のように勘三郎さんが旅立ってしまうという事を想定していませんでした。「どうしてなの??」という気持ちで、何も手に付かなくなりました。

この宙ぶらりんで、もって行き場のない気持ちの中、襲名披露の時に入手した記念切手や扇子を取り出してみました。襲名披露公演の華やいだ雰囲気、晴れがましさ一杯の口上などが思い出されて、またウルウル。勘三郎さんが長生きしなかったから、これがお宝になってしまったじゃないの(泣)。
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勘三郎さんが食道がんの手術で入院した時から快癒祈願も込めて部屋にかけていた、中村屋の家紋「角切銀杏(すみきりいちょう)」の入った暖簾。今日は目に入るたびにため息が出てしまったけれど、本葬が終わるまではかけておこうと思います。
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もう、勘三郎さんの新しいお芝居は見られないけど、そしてまだそれが信じられないけど、これまで沢山の感動・興奮・驚き・笑いで本当に楽しませてもらいました。貴方と同じ時代に生まれて、貴方の創る世界で遊ばせてもらって、とっても幸せでした。心からのありがとうをこめて、大向こうから叫びます。「中村屋~!!」
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12月16日(日)

江戸文字の名匠の話で気合が入った

前の記事で、中村勘三郎さんのことを書きました。気持ちに整理をつけるためでした。でも、ずっと引きずっていました。何もやる気がしなくなって、追悼番組をひたすら見て、追悼記事をネットや雑誌で拾って読んで、ツイッターの伝統芸能リストに入れている方々の嘆きのつぶやきを追う。寒くなって、修業先でのクルーズの仕事もお休みが多くなったのをいいことに、そんなグダグダな日を過ごしたこともありました。

「私、どうしちゃったんだろう?」「親しい人や家族が死んだわけでもないのに、何やってるの?」ともう一人の自分が問いかけます。それでも勘三郎さんを偲ぶちょっとした記事や映像で涙が出てきたりして、夢が一つ消えたことが自分の心に与えるインパクトの大きさを知りました。

そんな中、伝統芸能を中心としたイベント企画をしている新日屋さんの江戸遊学講座で、勘三郎さんとも親しかった江戸文字の書家橘右之吉さんの講演があることを知り、参加してきました。
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(チラシより)

江戸文字には、寄席文字、芝居文字(勘亭流)、相撲文字(根岸流)、江戸文字、の4種類があるそうです。落語や歌舞伎のポスターや看板、相撲の番付のほか、半纏や法被の背中やお寿司屋さんの暖簾など、結構いろんな所で目にします。マイクロソフトオフィスのフォントにも勘亭流がありますね。

右之吉さんの実家は鳶の家で、酉の市の熊手も作っていて、子供の頃は熊手のパーツの色塗りなどの手伝いをやらされたそうです。本来なら鳶の跡継ぎになるはずが、なんと梯子から人が落ちるのを見て以来高所恐怖症になってしまい、お母さんが止めさせたそうです。

近所のお風呂屋さんからもらったビラ下券(ポスターの下に付いていた無料招待券)で寄席にしょっちゅう通ううち、寄席文字に「ビビビッ」と来て橘右近師匠に中学生で弟子入りし、高校に通いながら修業をされた由。雑巾の絞り方から叩き込まれたとのこと。

江戸文字の特徴は、右肩上がりで余白をなるべく埋めるように書くのだそうで、これは興行収入が上がるように、お客が詰まるように、という縁起かつぎ。それで芝居や演芸などに使われてきたのですね。

スライドで、右之吉さんの作品を色々見せていただきます。浅草寺にある大提灯「志ん橋」の文字、柴又帝釈天の庚申のチラシ、勘三郎さんの襲名披露のまねき板等。平成中村座のニューヨーク公演の際、勘三郎さんと一緒に写っている写真もあり、ドキッとしてしまいます。勘三郎襲名の時に、字があまり上手くない勘三郎さんのところに出稽古に行き、サインの字を教えたというエピソードも。

お話の後の、書の実演は、スクリーンに手元を写してもらい、筆遣いなどもわかりやすかったです。会場から手を挙げてもらって、好みの一文字を色紙に書いてくれるサービスも。「豊」「愛」「遊」など色々な文字が出てきます。色紙の下部に収まるのかなあ、と見えるものでも、出来上がるときちっと四方からのバランスが取れていてさすがです。筆の毛の長さ全部を使って太さを出すのだそうです。また墨をたっぷり使って、かすれないように書くものなのだとか。

勘三郎さんの「勘」の字をお願いした方がいらっしゃり、書いている右之吉さんの目がうっすらと赤くなっているのがわかった時は、こちらも目が涙で霞んでしまいました。この字に対する右之吉さんの思い、私などには想像できないほど深いものがあるのだと思います。

おこがましい話ですが、親しい友を失ったばかりなのに、その人の思い出話を愛情を込めて語ってくださった右之吉さんの姿を見て、喪失感をリアルに共有できた気がしました。そして何故だか元気が出てきました。こうして日々の自分の仕事や責務をこなしながら、悲しみを乗り越えようとしている方を目の当たりにしたことで、自分に喝が入ってのでしょうか。

勘三郎さんの生きたかった今日を、明日を私は生きられるんですよね。それを忘れちゃいけないですね。
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12月19日(水)

寄席で聞き流してたけど、出囃子の芸ってスゴイんだ!

私達が習っている木遣り「継声会」の事務局であり、尺八職人でもある松本さんより、奥様の優子さんが、東京大神宮の十七日寄席に出演されるとのご案内を頂き、行って来ました。東京大神宮は飯田橋にある伊勢神宮の遥拝社(東京支部みたいなもの?)。松本優子さんは、寄席で落語家の登場の時に鳴る寄席囃子(出囃子)の三味線を弾いている方で、落語芸術協会所属の方。ちなみに落語芸術協会の会長は桂歌丸師匠です。

寄席囃子というのは、寄席などで落語家が舞台に出るところから始まり、座布団に座ってお辞儀をして顔を上げたところで終わる短い曲。あれは録音ではなく、全部ライブミュージックなんですね。落語家ひとりひとり全部違う曲で、いわば落語家のテーマソングのようなものだそうです。落語芸術協会だけで200名位の落語家がいるそうですから、全部弾けるというのはスゴイですよね。引き出しが多くないと出来ませんね。

まずは、前座さんの瀧川鯉○(こいまる)さんと一緒に太鼓から。二番太鼓だったようです。
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優子さんが舞台に上がり、三遊亭可楽師匠の出囃子「勧進帳」や歌丸師匠の「大漁節」などを弾きながら、寄席囃子の説明をしてくれます。大抵は長唄のさわりの部分などから引用していて、歌舞伎などで聞いたことのある節もありますが、もっと軽やかで賑やかなアレンジにするそうです。
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三味線の種類やバチの大きさのお話もあり、寄席囃子では、長唄と同じく細棹の三味線を使う由。義太夫(文楽)で使う太棹の三味線との音の違いを、桂文楽師匠の出囃子「野崎」で弾き比べてくれて、その音色や響きの違いがよくわかりました。
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先日の江戸文字と同じ概念で、音曲のアレンジの際に「手を多くする」即ち音数を増やすことで、音と音の間を埋めて、客席が埋まるよう縁起をかつぐのだそうです。あんまり関係ないけど、なぜかコルトレーンのシーツ・オブ・サウンドを思い出しました。

優子さんの音楽修業(?)のお話は大爆笑の連続。先生になって、自分の作曲するオペレッタを生徒にやらせて発表してみたい、という野望で「芸大よりも学があり、東大より芸がある」学芸大に入ったそうです。留学先のウィーン国立音楽大のミュージカル科の入学試験の話や、卒業後に受けたオーディションの話、そしていきなり何故か三味線の世界へ、というところへ。ユーモアはたっぷりなのですが、本当に音楽が好きで、稽古が好きで、真摯に音楽の仕事に向き合っていらっしゃることがすごく伝わってきました。

後半は、雷門花助師匠の「七度狐」。狐に化かされるお話で、鳴り物(三味線と太鼓)入りの噺を聞かせてもらいました。かっぽれの踊りも見せてもらいました。身長180センチ以上の師匠が、壇上で頭がつっかえそうになりながら片足で踊るかっぽれは、カッコよかったです。

狐を題材とした落語に対して、最後は浮世節の「たぬき」。立花橘之助(女性)という明治~大正期の名手が残したもので、寄席では太神楽や水芸によく使われるそうです。よく通る声で、歌もいれながら様々に音階やリズムが変わっていく大曲をじっくりと聞かせてもらいました。テクニックはもちろんスゴイのだと思いますが何より、聴衆に訴えかける力と、グルーブが素晴らしく、心が高鳴りました。

寄席囃子の演者は普段は舞台に出ることはなく、舞台の袖で落語家の様子を見ながら弾いているので、今回は目の前で弾いてもらえて、本当に貴重な機会でした。話芸もお囃子芸も素晴らしい優子さん。いつかご主人の松本さんとの競演を聴いてみたいものです。
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12月31日(月)

年明けから建造開始

年内には造船所を決めたいと思い、基本設計をしてくれたN先生のつてでご紹介頂いたところや、タウンページ検索で探したところなどに問合せや訪問をしてきました。実際、屋形船や小型の客船を作っているところはあまりなく、選択肢は多くありません。しかも今後設計の詳細の詰めや、船の輸送、将来の保守を考えると、できれば山陽や九州の造船所よりは、近場がいいわけで。

震災復興の予算執行が遅れたために、今頃になって東北の漁船の建造需要が高まっています。来年一杯は製造ラインが埋まっている、という造船所も結構ありました。復興の仕事をしていないところでも、他の造船所で断られた船の修理や建造で混んでいるという話も。「うわ~、来年一年棒に振ることになっちゃうか??」と焦りも出てきました。

そんな中、訪問した静岡の造船所にお願いすることが決まりました。決め手は実は価格ではありません。従業員の皆さんが感じがよくて、挨拶をきちんとしてくれたこと、製造ラインも、他の船の間に工程の一部を組み込んでもらう等でなんとかなりそう。千葉県に営業所があることもわかり、保守についても、江戸川区に提携している造船所があるなど。また、伊豆近辺の遊覧船を建造しており、客船の事がわかっているのもプラスでした。

中古船の改造から、新造船に大きく舵を切ったので、その分費用も掛かるのですが、ケチって中途半端なものが出来ても困るし、ここは多少他社より高くても腹を括って信頼できそうな所にお任せすることにしました。

年内に決めて年を越したかったので、発注内示が出せてほっとしています。ブログを読んで下さっている方の中には、どうなってるのかなあ?と心配していた方もいらしたかもしれません。年明けから、具体的になって行きます。怖いけど楽しいって感じです。

来年もよろしく見守って下さい!
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