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Miho Sato

Author:Miho Sato
「舟遊び みづは」運営主体の、株式会社フローティングライフ代表取締役。
江戸の人が遺してくれた東京の水辺は貴重な財産。数名で貸し切れて、江戸工芸に触れて楽しみながら、ゆったりと江戸の粋や情緒、名橋の数々を満喫できる舟遊びを提供します。
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11月01日(火)

結局船中心になっちゃった日本橋架橋100年祭&まるごとミュージアム

10月30日の日曜日は、日本橋架橋100年祭でした。10:40から「舟運まつり」というイベントで、川越、佐原、栃木から和舟が日本橋を目指して来るということで、往時を少しはしのぶことが出来るかな、と行ってみました。

亀島川と分岐する日本橋水門の横に台船が付けてあり、そこから出るということだったので、スタート前にそちらへ向かうと、準備が進んでいました。
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黄色が川越、栃木が緑、佐原が水色の幟を立てています。日本橋は恐らく大変な人出だろうと、私達は手前の鎧橋で待つことに。ここは欄干が低くて、よく見えます。既に何人かが待ち伏せしていました。
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さて、最初にやってきたのは、神田明神の神主さんとお囃子。祭囃子が舟から聞こえてくるのっていいですね。高速の高架橋にも音が反響しています。
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そして、川越の舟。武将の方々が乗っています。
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次は栃木。栃木の舟は、一艘が栃木からずっと川を下って、ここまで来ています。先週の月曜日に江戸川通過ということで、自宅から歩いて行けることもあり、応援してきました。お酒や米俵を積んだ舟。
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そして最後は佐原。嫁入り舟も来ました。
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それぞれの舟団にお囃子が乗っていて、華やかな雰囲気で川を上っていきます。
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日本橋の欄干は人だかりがすごく、鎧橋にいて正解でした。舟は日本橋船着場前に集結し、親書の交換などがあったようです。
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関東大震災までは、魚河岸があり、魚だけでなく様々な物資の荷揚げ場として栄えたこの界隈。船外機で手漕ぎではなかったけれど、沢山の和舟が前後して川を上ってくる様は、昔の自由な水辺や、舟が身近だった時代を彷彿とさせ、なんとなく気持ちが浮き立ちました。中央通りとその周辺はパレードや出店などで大賑わい。昼過ぎまでは天気が良く、おめでたい雰囲気がその場に漂っていました。

さて、まるごとミュージアムの一環で、無料で船に乗れるとあって、まずは常磐橋防災桟橋発着の周遊に。
私達はジールさんの船、ゼンフリートにあたりました。リバーガイドの方の説明を聞きながら、江戸橋で折り返すプチクルーズ。
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最近はお客様を送り出すばかりで、常磐橋をゆっくり川から眺めていなかったので、ちょっと嬉しいです。震災後通行禁止が続いていますが、修復はいつになるのかなあ。
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さて、今度は晴海の朝潮桟橋から、箱崎の防災桟橋までのクルーズに向かいます。またまたジールさんの船、今度は水上バスを改造したと思われる、ジーフリート。朝潮桟橋から見えるところに、水辺にテラスがついた建物が。フォーリンクシステムズとあります。IT系の会社のようですね。これ、オフィスのようですが、いいなあ。
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船は朝潮運河の臨港消防署前を通ります。先週、Port of Tokyoフェスティバルに来ていた消防艇がいました。
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勝鬨橋をくぐって隅田川へ。船の速度がゆっくりだったので、運転室(?)の部分も今日はちゃんと撮れました。
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この辺りで雨が降ってきてしまい、デッキから船内へ避難。箱崎の防災桟橋は、読売のビルの目の前。初めてここで降りました。区が管理する防災桟橋は、地元のイベントや区の主催する行事以外はなかなか使えません。ただ、この箱崎の桟橋は、船のひき波が激しいようで、結構乗降に気を遣う場所だそうです。

お天気が悪くなってしまったので、日本橋には戻らず、清洲橋を渡って帰りました。久しぶりにゆっくり眺めた清洲橋。いろんな角度から写真を撮りながらだったので、渡るのに20分以上かかったかも。いずれ清洲橋のことはあらためて書くことにします。

架橋100年祭も、まるごとミュージアムも、パレードやら、体験イベント、ライブやら他にも色んな催しがあったのですが、結局船のイベントが中心になってしまう私達。でも各地の和舟の群れを見ることはこれからもあまり無いでしょうし、無料で船に乗れて、普段使えない桟橋も体験できるので、やっぱり水辺系が優先です~。
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11月04日(金)

陸上と水上の脳内リンクが魅力?⇒神田川

文化の日の神田川クルーズ、当初の予報に反して曇りがちとなりましたが、お蔭様で3便とも満席となり、安全に終了しました。ご参加くださった皆様には、この場を借りてお礼申し上げます。

クルーズに来てくださるお客様には色々な動機があります。橋や鉄道、高速の高架などの構造物が好きな方、都市の景観が好きな方、歴史が好きな方、船が好きな方、なんかちょっと違う街遊びをしたい方などなど。

いずれの方にも共通するのは、川の中から見るランドスケープの新鮮さや、希少性を楽しんでいること。いつもと違うアングルで写真を取れたり、橋の上を渡っているだけでは見えないものが船からは見えたり、普段見過ごしていたものを発見できたり、というところでしょうか。首都圏に住んでいる方の参加が多いせいか、とてもその傾向を感じます。

川を航行していると、自分が今どの辺にいるのかわからなくなることが結構あります。大抵の人は陸路の情報を圧倒的に持っていますが、川というのが単なる水のあるところであり、「水路」という意識で見る人が少ないため、橋と、その上を走る道路や鉄道が頭の中で繋がらないのです。例えば、江戸橋や和泉橋の上が昭和通りだったり、浅草橋駅や水道橋は、浅草橋・水道橋という橋が名前の由来だったり、というようなこと。

神田川では特に、皆さんが利用する頻度の高い中央・総武線や、丸の内線などの電車がコース中に縦横に出てくることで、陸上の風景と船上の風景のリンクが生まれ易いのかな、と思います。「あれ?ここって、会社に行く時通ってるじゃん」とか「駅からボーッと見ていた川をまさか自分が船で走るとは」という日常が非日常に変わる体験に面白さを感じてくださる方が多いようです。
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パリやベルリンなどに比べると、東京は川に背を向けた建物が多く、まだまだ感はあります。が、江戸時代の都市計画から生まれた水路が高度成長期を経ても、まだ残されていることを幸いと思い、このアセットをどんな風に自分達の生活に取り入れるのか、それを当事者的に考える人を一人でも増やすには、見て、体験して、共感してもらうしかありません。啓蒙的なことをしようなんて全然思っていないけれど、楽しいことは心に残ります。楽しさや面白さを追求することで、沢山の人が東京の水辺を意識の片隅に持ってくれたら、いつか柔軟で自由な水辺が復活すると信じています。





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11月07日(月)

スワローズ、今シーズンもありがとう。来年こそは!

船や川とは全然関係ありませんが、私はヤクルトスワローズのファンです。
ご存知のように、昨日クライマックスシリーズで中日に負け、スワローズの今シーズンは終わってしまいました。シーズン中首位を独走する場面もあっただけに、とても悔しいけれど、とにかく、故障者続出の苦しいシーズン、ここまでお疲れ様、ありがとう、と言いたいです。

子供の頃は、親や祖父の刷り込みもあり、当時は王さんが現役だったこともあり、巨人ファンでした。大人になった頃から、巨人がお金に物を言わせた選手集めをすることが鼻に付いたり、読売グループ総帥のナベXネ氏の言動に全く共感できず、ヤクルトに鞍替えしました。

巨人ファンの頃から、神宮に野球を見に行くと、当時はまだ外野が芝生でのんびりしていて好きだったことや、なんとなくヤクルトの選手はおだやか系のいい人が多い感じがして、ヤクルトファンになることには全然抵抗がありませんでした。古田が好きだったこともあります。

若松監督になって2001年に優勝した時、「ファンの皆様、おめでとうございます」という名言を残してから、そのほんわかぶりがますます好きになりました。本当は、「ありがとうございます」って言いたかったのを間違えちゃったのかもしれない?なんて思いながら。

良くも悪くも、ヤクルトの「ガツガツしていない」ところが好きです。もちろん選手ひとりひとりから、ここで打ってやろう、絶対ここで抑えるぞいう意気込みを感じるけれど、球団経営自体に余裕というか長い目を感じ、それが選手の育成や、外国人選手スカウトの眼の肥やし方に繋がっている気がするのです。

その根本にあるのは親会社の状況なのかも。球団に親会社からどのくらいの資金が出ているのかはわかりません。どこも球団維持に苦労しているのだとは思います。ただ、多くの親会社とヤクルトの違いは、ヤクルトはグローバルカンパニーになりつつあるということ。多くの親会社は、まだ内需型の会社です。特に鉄道やメディア系はそうですね。少子化や不景気で内需が縮小している中、親会社自体の経営が苦しいところも多いでしょう。ヤクルトは国内市場は厳しくても、アジアでの販売網を築いたり、海外売上比率が20%を超えています。経済成長が加速している国で稼いだお金が日本に還流するわけで、収益源を多角化しているという意味で、これからもヤクルトは十分親会社として球団保有の責務を果たしてくれそうです。

親会社がたびたび変わると、選手のモチベーションにも影響が出ます。安心して選手がプレーできる環境のヤクルト、赤川のような若い力が育ってきたし、来年こそは期待してます!
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11月10日(木)

初めて寝なかった能公演、若き能楽師のおかげです

船関係のイベントが続いて、ちょっと前のことになってしまいましたが、江戸美学研究会主催の能楽セミナーの一環で、今回講師を務めてくださった、武田宗典さんが所属する七拾七年会の能公演に先月行きました。またその後に行われた武田さんとの懇親会でも面白いお話を伺えたので、そのことも少し書きます。
能楽セミナーについては、二度にわたって書いているので、参考までにリンクはコチラです。
何も知らなかった、ということを知るのも大事、能楽セミナー (10/02)
すり足って難しい~、謡って気持ちいい~@能楽セミナー (08/29)

七拾七年会は、1977年生まれの若手能楽師、狂言師がメンバーで、30歳になった年に旗揚げ公演を行い、能を知らない人でも楽しめたり、愛好者を増やすことを目標に公演や体験講座を行っているそうです。
(今回の公演のチラシより、左の一番上が武田さんです)
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当日の公演では、謡や鼓の掛け声などを教えていただいて実際に皆で声を出したり、能の演目「竹生島」の前にお話の解説がついたりと、初心者も楽しみながら能に親しめるプログラム構成。仕舞が二つ、狂言「萩大名」のあとに、いよいよ武田さんが演じる能「竹生島」

竹生島は、琵琶湖の北にある島。私は行ったことはありませんが、琵琶湖の岸から眺めたことはあります。昔から聖なる場所であったそうです。当時の天皇の臣下が、竹生島に参詣するに際し、老いた漁師と若い女の船に乗せてもらい、竹生島の弁財天に導かれます。一旦消えた老人と女、実は湖の主の龍神、女は弁財天で、社殿から後に出てきて舞を舞い、龍神は臣下に金銀珠玉を与えて湖水の中の竜宮へ帰る、というストーリー。

老人と女が一旦消えるのは舞台上の社殿、その狭い空間(トイレの個室ぐらい)で、衣装を替え、支度をするのは大変です。歌舞伎と違って、黒子ではなく、後見という役割の方が介添えをするのですが、それをするのは能楽師、しかもベテランの方が務めるそうです。今回は武田さんのお父様でした。

事前の解説もあったし、セミナーの時に地謡の内容も教えてもらっていたので、結構聞き取ることができ、初めて寝ないで鑑賞できました。しかも、変身後の弁財天の舞いはたおやかで、龍神の舞いは前回のセミナーで同じものを踊ってくださっていたのですが、装束や面をつけるとまた全然違って見えました。凛々しく、威厳があり、心臓の鼓動が早くなるような、軽い興奮。

翌週の懇親会。舞台では肉布団をつけて恰幅よく見えましたが、洋服で現れた武田さんは細くて足が長い!お育ちのよさそうな、現代の青年です。せっかくの機会なので、武田さんに色々質問。お酒を飲みながらということもあり、素人のちょっと不躾な質問にもフツーにユーモアを交えて答えてくださいました。

「能楽師になりたくない、と思ったことは?」
「ありますよ。芝居、特にミュージカルをやりたかったんです。でも、能もミュージカルじゃない?と気づいて。」

「この能舞台でやりたい!というところはありますか?」
「日本国内よりも、全然能の約束事のない舞台、たとえばギリシャの円形劇場みたいな遺跡でやってみたいです。そういうところで、どんな演出でやれるかを考えるのも、面白いと思います。」

「海外公演て、ものすごくお金がかかりそうですね。」
「いや、歌舞伎の10分の1で済みますよ。能は、能楽師がスタッフも兼ねるので、歌舞伎の大道具さんや黒子さんとか、いらないんです。大きな舞台転換がないし、自分達で道具も衣装も全部準備しますから。衣装も数日間の公演なら、トランク2つあれば入るし。人も設備もコンパクトなので、意外と能の公演を呼ぶのはお得です。」
などなど。

武田さんは、来年の2月に「武田宗典道成寺の会」という初めての自主公演で、若手能楽師の登竜門である「道成寺」に挑まれるそうです。渾身の舞台を拝見しに、私も行こうと思っています。
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11月13日(日)

江戸の人の日帰り行楽地、亀戸発の川めぐり(その1)

先週土曜日は、NPO本所深川の「船遊楽」という街歩きと船を組み合わせたイベントに参加しました。いくつかのコースがありましたが、亀戸の防災桟橋から船に乗れるのと、旧中川を遡上したことがなかったので、亀戸コースを選択。前日の雨とは打って変わって、暖かく快晴!関係ないけど、とーちゃんと私が最初に知り合ったのは亀戸です(笑)

ツアーは香取神社で集合。亀戸というと亀戸天神が有名でそのかげに隠れていますが、歴史は香取神社のほうがずっと古く、藤原鎌足の時代、665年創建と伝えられる、江東区最古の神社。将門の乱の平定使も戦勝祈願をしたり、塚原ト伝や千葉周作など武人・剣客の参拝が多かった由。いつしか勝運神社となり、最近は有名アスリートの参拝が多いそうです。

歴代の神主さんのお墓の苔むし方に歴史が偲ばれます。
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亀戸大根の碑もここに。最近江戸野菜の一つとして復活させているそうです。大きくなっても30センチという小ぶりの大根。早採りするので、茎も柔らかくて美味しいそうです。ガイドは、江東区の観光歴史ガイドの浅野さん。
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ここから亀戸天神へ。明暦の大火の後、隅田川を越えて武家屋敷や寺社などが移転して本所の街づくりが始まった際、東の鬼門にあたる場所に小さな祠だった亀戸天神を移して、下町の総鎮社となったのだそうです。亀戸天神からこんなにスカイツリーが近くに見えるとは。ここの太鼓橋は、高くなっているので、スカイツリーをバックに有名な境内の藤の花を入れた写真などのグッドスポットになりそうです。ちょうど菊祭りをやっていて、七五三の時期でもあり、沢山の人が出ていました。菊人形ならぬ、菊ツリー。
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天神様から参道を出て、右へ行くと横十間川にあたります。その少し手前にあるのが、くず餅で有名な「船橋屋」の本店。風情のある店構え。この暖簾の文字は、吉川英治の筆によるものだそうです。
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横十間川の錦糸橋付近にある、亀戸の防災桟橋から乗船。ここは以前、水上バスの停留所でもありました。この日は江東区共催のイベントということで、桟橋の使用許可が出たそうです。JRの駅よりも天神様に近いし、もっと開放してくれてもいいのになあ。屋根付きの待合スペースもあるし、活用しないともったいないですね。
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ここから、北十間川まではすぐ。十間橋をくぐると、お約束のスカイツリー全景。秋の澄んだ空気と快晴のおかげで、白く輝いています。他の乗客の方々からも歓声が。
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船はここから、横十間川へ戻り、小名木川に向かいます。途中のこのNDというビル、日鐵ドラムという会社。日本で初めてドラム缶を作った会社だそうです。昔はここに工場があった由。横十間川は、日清紡などの繊維工場やガラス工場、鋳物工場などが連なっていたそうです。
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小名木川のクローバー橋を経て、旧中川へと船は向かいます。今小名木川は護岸工事をずっとやっているので、台船や作業船が多く、通航には神経を使いますね。

これは、まだ工事の済んでいない部分。石垣、コンクリート、コンクリートと継ぎ足していった様子がわかります。地盤沈下の進行と共に護岸を高くしていたんですね。現在は閘門があり、常に低水位に保つ仕組みができたので、もう護岸を高くする必要はなく、親水空間を造る工事へと移行したわけです。
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注意喚起の旗ながら、沢山はためいていると、なんだか可愛い越中島線(貨物線)の鉄橋。既に廃止になりましたが、この鉄橋のすぐ先に小名木川貨物駅があり、水陸両用駅として往時は重用されていたそうです。今はアリオ北砂というショッピングセンターになりました。
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線路と鉄橋は今も現役で、越中島にある、東京レールセンター発の鉄道レールを運ぶ列車が、一日に2往復程度しているようです。その瞬間を川の上から見てみたい~。

小名木川沿いも工場が沢山あり、舟運の拠点であったため、一日に1200艘の船が往来したこともあったとか。川幅が広くないので、結構トラブルも多かったそうです。

船はもうすぐ旧中川に出ます。ここから先は、次回「その2」で。天神様で栄えた亀戸をぶらついて、そこから船に乗る、という江戸時代に流行った行楽のスタイルをちょっと辿れるこのツアー、なかなか楽しゅうございます。


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