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プロフィール

Miho Sato

Author:Miho Sato
「舟遊び みづは」運営主体の、株式会社フローティングライフ代表取締役。
江戸の人が遺してくれた東京の水辺は貴重な財産。数名で貸し切れて、江戸工芸に触れて楽しみながら、ゆったりと江戸の粋や情緒、名橋の数々を満喫できる舟遊びを提供します。
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ツイッターでもつぶやいてます:@mihobjm

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02月01日(火)

手妻(てづま)を知っていますか?

映画の後は、中学時代からの悪友Pと、その娘の中二女子Sちゃんを伴い、神田明神横の神田の家で行わ
れる、江戸のマジックショー、手妻を見に行きました。神田の家は、江戸時代からの材木商遠藤家の店舗
併用住宅を移築したもの。昭和初期の家で、使われている木材は今では手に入らないものも多いそうです。
障子や欄間、床柱など、色々なところの造りが凝っており、建物だけでも見る価値があります。

手妻は神田の家の2階で、15名程度の観客のすぐ目の前でやってくれます。1名3千円で、美しいお座敷
に座って名人芸が見られるのですから贅沢ですね。

演じるは、藤山新太郎師匠。手妻の技を継承し、後世に伝えようとしている貴重な存在です。江戸時代には、
大きな仕掛け道具を使う手品と、手の技を中心とした手妻が共存していたそうです。明治に入り、西洋奇術
が売れるようになり、衰退してしまったとのこと。

お椀に赤玉を入れて、どこに入っているかをあてたり、玉がいきなり別のものに変わったり、所謂マジック
なのですが、何かが違うのです。それは手妻はアートだということ。マジックを見せてお客を驚かすだけで
はなく、美しい所作を伴っています。また長唄などの三味線音楽がBGMになったり、かっぽれのような節回し
で歌いながらマジックを見せたり。話芸も重要で、新太郎師匠の江戸弁は心地よく響き、落語家のような間
があります。

その芸の究極は、「蝶のたはむれ」という手妻。江戸時代に、柳川一蝶斎(やながわいっちょうさい)と
いう手妻師が生涯をかけて完成させた由。紙をちぎってで作った蝶を扇子であおいで飛ばすのですが、
まるで蝶が生きているかのよう。一枚の紙でドラマを作ってしまうという粋な芸は、驚きというより感動
です。

手妻の修業は、仕掛けを覚えるだけでなく日本舞踊や長唄など、伝統芸能を総合的に学ぶそうです。それ
により、着物を身に付け、美しい所作でも人を魅了することができるのでしょう。ラスベガスのきらびやか
でスリリングなマジックショーも面白いけれど、「あー、面白かった」だけでは終わらない手妻の奥深さ
と小気味良さが、もっと人に知られるといいなぁ、と心から思います。中学生のSちゃんも、その面白さ
の一端をわかってくれたようです。

企画をしているのは、和のコンシェルジュ新日屋さん。毎週土曜日18時から手妻を見ることができます。
YouTubeにも画像はありますが、是非その芸術的な師匠の技を至近距離で見ていただきたいですね。
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02月03日(木)

道はあるはず

先週から今週にかけて、事業の実現可能性や事業計画等に関して、暗雲が立ち込めるような
ことが何度かありました。「無理」「考えが甘い」「リスクが高すぎる」厳しい言葉も聞きました。
河川を含めた公共の施設に正当な契約で舟を置くことはほぼ難しいということも認識しました。
行政の立場から言えば、どこの誰ともわからない零細企業に占用許可を出すなどあり得ない、と
いうこともわかります。たとえ名の知れた大企業であっても水辺のこととなると難しいのだそうです。
まぁ、ダメモトで言ってみるか、というのもあったんですけど。

確かに河川の占用は、公共の用途や工事等やむを得ない場合に許可されることになっています。
しかし現状は、法律や準則が出来る前から個人や民間事業者が係留しており、そのまま係留して
いる方々がいます。即ち、民間使用も現実には許可されている人がいるけれど、新規の許可は
出ない、ということなのです。それが理不尽かどうかはここで述べませんが、法の厳格な運用が
様々な背景により行われなかった状況が、不法係留の蔓延を招いた一因と言う事はできるでしょう。

東京の水辺を活かそうという動きや、舟運をもっと甦らせようという流れになっていることは
間違いありません。しかし規制を緩めて民間の活力を利用する、というよりは、行政が美しく
整備したい、ということのようです。緩めて収拾がつかなくなるのも大変ですからね。社会実験
的に舟を運航したり、イベントで防災桟橋を利用させるなど色々な動きが出てきたことだけでも
随分進歩なのだと思います。江東区の水辺に親しむ会などのNPOが行政に協力しながら忍耐強く
活動してきた成果が出ているのは、本当にすごい努力だなあと思います。

さて、この状況で自分はどうするのか?現状認識や展望の甘さなど、言われても仕方ない部分も
あるし、もっと時間をかけないとわかってもらえないこともあります。何の実績もない自分が
出来ることは何か?やはり舟の事業や水辺の活動に関っている人のなかにどんどん入っていき、
手と体を動かして信用してもらうしかありません。自分のやりたいことを実現するための修業
です。人と人との繋がりの中に、ブレークスルーの実が生まれる、今はそこに賭けようと思い
ます。あと、一つ二つダメモトで当たるところもあるし。

某区の課長さんが誠実に、バサッと斬ってくださったおかげで、もっと泥臭くやらなくちゃ、
という覚悟が固まりました。その場では、「うっ!やられた~」と倒れそうになりましたが、
踏みとどまって口角あげてお礼を言って辞しました。開業時期が当初の想定通りに行かない
可能性も少し出てきたけれど、今それを心配してもはじまらない。とにかくやれることを
やってから、ですね。
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02月05日(土)

スゴイ人ほど謙虚で優しい@江東区伝統工芸展

昨日は江東区伝統工芸展へ。深川東京モダン館が会場です。この建物は昭和7年に、関東大震災後の
栄養政策の一環として東京市営食堂として建てられました。バウハウス建築のような外観です。
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戦争で大きく損傷し、内部で往時を偲ばせるものは、タイルと階段部分程度ですが、食堂の食券売場
のウィンドウの場所が残っていたりします。取り壊しに合わずに、地域のイベントスペースとして 
残っているのは素晴らしい事です。
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工芸展でデモンストレーションして下さっていたのは、襖骨製作、木彫、三味線の駒の象牙細工の
職人さん達。最近三味線を習い始めたばかりの私がまず興味を惹かれたのは、象牙細工の前田さん。
kotokogei5.jpg

三味線の駒というのは胴の上に置き、糸をかける重要な部分。なんと一片の象牙から削り出して
華奢で繊細な駒を作っていたのです。穴も開けるのですから大変です。太い金やすりから細いもの
にだんだん変えて行き、最終段階では、椋の木の葉で削るそうです。まさに江戸時代から受け
継いだ先人の知恵が生きているのですね。

写真左は、象牙の塊。ここから駒の大きさに合わせて三角形に切り出し削ったものが右にある
白いもの。奥の茶色いのが椋の木の葉です。
kotokogei4.jpg

駒を載せる時、その薄さに、いつも扱いがコワイと思っていましたが、製作現場を見て、益々
大切にしようと思いました。お話も面白く、「最近はアフリカ象ばかりだけど、昔はインド象が
多かったんですよ。インド象のほうが気性が優しいから、象牙の目が詰まっていて、表面の際
まで取れるけど、気性の荒いアフリカ象だと、際のほうは目が荒くて使えないんだよね。」
「象牙の粉はカルシウムだから、肥料にもいいんですよ。」ごついけれど温かみのある手が
とても素敵でした。

木彫職人の岸本さんは、国会議事堂、国技館、ニューオータニのトゥールダルジャンの壁面
彫刻も手掛けた江東区の無形文化財であり、名誉都民というスゴイ方。
kotokogei3A.jpg

木の正目と板目、色などに合わせた図柄の結界が展示されていました。例えば木目を流水に
見立てて、都鳥を彫り抜いているのです。小粋な遊び心ですよね。「弟子にしてくれ、と
いう人は来るんだけどね、木造建築が減って欄間彫刻などの仕事がなくなってきちゃった
から、食べさせられないしね。」とおっしゃっていました。残念なことに四代目になる筈
であった甥の方が、59歳で亡くなられてしまったそうです。木彫の技は、他の区内の職人
さんが伝承して行かれるそうです。

86歳の岸本さん、10歳以上お若く見えます。やはり現役で仕事をこなし毎日手を使って
いることで脳も活性化されているのでしょう。年を重ねてもなお人に必要とされ、元気で
いられる、理想的な暮らし方です。「あと10年でも。15年でも。」とおっしゃっていた
ので、まだまだ岸本さんの作品が世に出てきます。楽しみですね。

それにしても、スゴイ人ほど謙虚で優しくて暖かい。職人さん達の生き方に触れるたびに
その技や作品だけではなく人間そのものをどういう形で伝えられるか考えさせられます。
突き詰めるべきテーマの一つです。
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02月07日(月)

小型船舶免許取りました

週末からの3日間で、小型船舶免許2級の教習に行ってきました。冬になると、教習料金が
割引になるので、それを待って2月に受講となったわけです。

教本の講習が2日間で、最後に筆記試験。そして今日は実技をやって、すぐ試験。実技は
結構ぎりぎりだったと思いますが、なんとか合格しました。「落ちる人は殆どいないよ」と
いう話を結構聞いていたので、プレッシャーでした(笑)。

講師の先生は、マグロの遠洋漁業で、世界の漁場を航海して回っていた方で、教本の内容より
も先生の話が面白かったので、いくつか紹介します。

「GPSっていうのは、アメリカの軍事衛星を使わせてもらってる仕組みだから、戦争になると
故意に狂わせるんですよ。だからその時の航海は、自分達の位置がどうもおかしい、という
ことで、星を見て、位置計測したこともありました。」

「船長っていうのは船の上では絶対的な権限があって、逮捕監禁特権とか水葬特権もあるん
です。船の平和や規律を乱す奴がいて、業務や安全を維持できないと判断したら、監禁して
もかまわない。水葬は、帰国後の手続きが面倒だし、たまたまマグロ船は巨大な冷凍庫が
あるので、航海中に亡くなった人がでた時は、冷凍して連れて帰りました。」

「海難事故に遭った船がいたら、助けるのは当たり前なんだけど、中国の貨物船が転覆した
時、ものすごい大時化で、こちらもそれどころではなかった。海上保安庁から何度も無線が
入ったけれど、助けに行って転覆するおそれがあり、25人の乗組員の命を預かっている
自分は、彼らを守るほうを優先したんです。心が今でもチクリとするけどね。」

「ロシアのベーリング海のほうに行くとずっと氷点下15度ぐらいの気候が続く。受けた波
しぶきが瞬時に凍ってどんどん着氷すると、船の重心が上がって転覆の危険が高くなるから
寒い中、氷をガリガリ落としたり、スチームをかけたりして溶かす。北洋は大変なんですよ。」

そんな話を交えながら講習をしてくれました。海の男って、急場での問題解決能力が高くない
と務まらないんだなあ、と感心。命に直結しますからね。

他にも低気圧・高気圧、地球の地軸のずれや、緯度と経度による距離や時間の出し方など、
遠い昔理科で習ったようなことをおさらいしたことが、意外に面白かったです。

今日の実技は、殆ど始めて船を操縦する私としては、ドキドキものでした。浜離宮の脇にある
築地ボート組合から出た船は、レインボーブリッジの手前から豊洲付近で教習。以前勤めて
いた会社のビルを眺めながらというのも感慨深いです。「私、ここで船に乗ってるよ~」と
ビルに向かって無言の呼びかけ。

さて、実際の操縦は、レバーで次第に速力を上げていくと気持ちはいいのですが、自分が思っ
ているより目標とずれていたり、波と風から受ける影響がわかっていなくて、寄りすぎたり、
となかなか難しいのです。特に後進が大変。舵が効いてくるタイミングとハンドルの切り具合
がよくわからず、最初は回転してしまいました(^^;

試験では、針路を変えたり、浮いているブイの間を通るのはうまく行きましたが、後進関連
の動作は、本番でもヨタヨタしてしまい、着岸も今ひとつで冷や汗をかきました。何とか
合格しましたが、こんな私が操船するのは危なすぎますね。「数時間の教習で簡単にできる
ものじゃないから、大丈夫。これから機会を見つけて練習してね。」と励まされました。
お江戸の舟遊びでは、経験のある方に来ていただくつもりですので、ご安心ください。

これまでは、乗せてもらうばかりで、のんびり景色を楽しんでいればよかったですが、船を
上手に動かせる人ってすごいなぁ、とやってみて心から実感しました。風や波を味方に付け
て、乗客が何の不安も感じずに楽しめるように操縦してくれている、クルーズ船や屋形船、
フェリーの船長さん達。あらためて、いつもありがとうございます。
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02月08日(火)

たまには下町デート

今日は久しぶりにとーちゃん(夫)と予定が合い、お出かけ。夜、森下の居酒屋に行く予定
にしていたので、近場の江戸深川資料館付近を散策。最寄は東京メトロの清澄白河駅。

ここは、寛政の改革で有名な松平定信のお墓のある、霊巌寺があります。「丸に左三階松」
という家紋だそうです。
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こちらがお墓。中に入ることはできませんので、フェンス越しに。少し苔むした感じでシブイ
たたずまいです。
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境内には、もう梅が随分開いていました。そろそろ梅見の季節ですね。
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「白河の清きに魚も住みかねて、もとの濁りの田沼恋しき」と川柳に詠まれたほど、倹約を推し
進めた松平の殿様。借金漬けで国債の格付けも落ちた今の日本を見たら、なんと言うでしょうかね。

お隣の江戸深川資料館は、古地図をもとに、江戸末期天保年間の、深川の様子を再現した資料館です。
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ちょっとしたテーマパークという趣で、ボランティアガイドの方が説明してくれたり、再現された家屋
の中に上がることもできます。商家や長屋、露天のおすし屋・天ぷら屋・蕎麦屋の道具が再現されて
います。ここはマネキン人形などを置いておらず、私好み。江戸時代の深川の一日を、庶民の生活の音
や、物売りの声などで演出しています。

この船宿の中は、かまどや熱燗をつける道具などもあり、まるで時代劇のセットです。
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ただし、この施設は、張りぼてではありません。伝統工法を駆使し、蔵や壁も土を練ってしっかり
と塗ってあったり、部屋に置いてある家具や食器、衣装などは、骨董を各地から収集したり、無い
ものは復元したり、と大変凝っています。このプロジェクトを行ったのが昭和61年。工芸や木工
の職人さんもまだ何とか確保できた時代であり、ちょうどバブル経済のころ。自治体も財布の紐が
緩かったのでしょう。今ならとても出来なかったと思います。

惜しむらくは、あまりに知られていないこと。また建築した際のプロセスはビデオで見ることは
できますが、入館するときにその説明があると、もっと皆関心を持って細部を見てくれるのでは
ないかと思いました。テーマパークと違って、本物の材料と工法を用いた希少性があるのですし。
空いていてゆっくり見られるのもいいのですが、もったいないところもあるな、と思いました。

さて、今日の一番の目的、山利喜へ。開店直後17時に入店。1階は30分ほどで満席に。
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過去に何度か来ていましたが、店舗を改築してからは初めてです。煮込みは相変わらず大鍋でコト
コト煮えています。これがガーリックトーストに合うんですよね。大衆的な店ですが、ワインも
充実していて楽しいお店です。森下交差点周辺は、さくら鍋のみの家、蕎麦の京金など、好きな
お店が色々。ちょっと離れますが、どじょうの伊せ喜もあります。江戸グルメにはいいところです。

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