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Miho Sato

Author:Miho Sato
「舟遊び みづは」運営主体の、株式会社フローティングライフ代表取締役。
江戸の人が遺してくれた東京の水辺は貴重な財産。数名で貸し切れて、江戸工芸に触れて楽しみながら、ゆったりと江戸の粋や情緒、名橋の数々を満喫できる舟遊びを提供します。
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01月10日(木)

新春の華やぎを堪能した一日

1月6日に、知人の日本舞踊家、花柳廸薫(みちかおる)さんと、藤間琇瀧(しゅうりゅう)さんが主催した、紫薫子の会というイベントに行って来ました。お二人は伝統文化の継承に危機感を抱き、手軽に習える子供向けの日本舞踊教室など、様々な活動をしていらっしゃいます。

今日は、宮城県登米市のお教室の子ども達も招待され、成果を披露してくれます。登米は、南三陸町の山側の隣町。被災した方々の避難所や仮設住宅があります。

司会は、落語の桂右團治師匠。
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最初の演目は、「鶯宿梅」。梅の精の待つ鶯を騙ったカラスが愉快です。
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廸薫さんの梅はとても愛らしく、新春の華やぎがありました。
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後からイケメン鶯が登場し、懲らしめられるカラス。
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次は登米市の子供達の舞踊。「わらべ京鹿子」と「初子(はつね)の日」。初子というのは、お正月の最初の子の日で、野外に出て若菜を摘んだりして遊んだりしたそうです。

姿勢や手つきなど堂に入ったもの。子供の頃に短い期間であっても、こうした経験ができるのはいいですね。踊りだけでなく、邦楽器の事や、着物の着方、踊りの主題となる昔の習慣やお話など、総合的で伝統文化に触れることができます。
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次は浄瑠璃の都了中さん。浄瑠璃というと、人形浄瑠璃=文楽を思い浮かべますが、もともと浄瑠璃は物語を語る、ということ。室町時代に浄瑠璃姫と、牛若丸の恋物語が流行し、以降こうした音楽に合わせた語りを「浄瑠璃」と呼ぶようになったのだそうです。それが人形劇と結びついいたのが人形浄瑠璃。基本は三味線に合わせて語られます。

浄瑠璃で使われる楽器を説明してくれます。三味線は、「三」にゆかりのある事が多く、三本の絹糸で、銅+棹+天神(先端の部分)の3つのパーツで構成されているとか。語りに対して出しゃばらず、引かず、風景や心情を伝えるもの。

笛は、竹笛と能管と2つあり、竹笛はドレミファのメロディを吹けるけれど、能管はできないそうです。能管は、効果音や場面転換に主に使用し、つくりも違い、能管は管の中にもう一つ筒が入っている由。お化けが出る時の、ヒュー、ドロドロなどで聞いたことがある人もいるのでは?

鼓は、小鼓と大鼓。小鼓は皮を湿らせて音を作ります。鼓にかかる綱を左手で締めたり離したりして、音の高低を付けるそうです。対して大鼓は、皮が乾燥しているほうが良く、高めの音が出ます。小鼓は素手ですが、大鼓は和紙で出来た指サックをはめて叩き、音の高低は無く、一つの音しか出ないとのこと。同じ鼓でもこんな違いがあることを初めて知りました。
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太鼓は小さい締め太鼓と大太鼓。締め太鼓はリズム楽器ですが、邦楽では大太鼓はリズムを刻むのではなく、風景や現象、妖怪の登場の時に使われます。雨の音を表す時など、歌舞伎では良く出てきます。昔はガラス窓ではなく、雨戸で窓を閉めていたので、雨戸にあたる雨の音を示しているのだそうです。能管と一緒に使われることがおおいですね。「万歳」と「祝言式三番叟」というおめでたい演目をやってくれました。皆で一緒に声を出すワークショップもありました。
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邦楽のリズムに親しんだ後は、都了中連中(連中=バンド)の音曲に合わせた京人形。有名な彫刻家、左甚五郎が入れ込んでしまった傾城(花魁)そっくりの人形を彫り、そこに左甚五郎の魂が宿って一緒に踊りだす、というもの。左甚五郎が男なので、男のしぐさになってしまうのですが、傾城の手鏡を人形の懐に入れると女性らしい動きになるというもの。ちなみに左甚五郎は実在の彫刻家で、有名なものだと、日光東照宮の「眠り猫」などがありますね。
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京人形の美しさもさることながら、男と女を自在に踊り分ける廸薫さんと、それを受ける琇瀧さんの息の合った素晴らしい踊りに魅了されました。
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新春らしい華やかな演目や、生の浄瑠璃音楽、内容がわかりやすいこともあり、客席の子供達からも笑いがところどころで漏れ、楽しいイベントとなりました。しかも、これは入場無料。助成金による事業ということもありますが、こういう形で伝統芸能への敷居を下げ、子供達に「する」「見る」「聴く」体験を増やしていくこと。地道な活動ではありますが、これからも応援して行きたいと思います。
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12月19日(水)

寄席で聞き流してたけど、出囃子の芸ってスゴイんだ!

私達が習っている木遣り「継声会」の事務局であり、尺八職人でもある松本さんより、奥様の優子さんが、東京大神宮の十七日寄席に出演されるとのご案内を頂き、行って来ました。東京大神宮は飯田橋にある伊勢神宮の遥拝社(東京支部みたいなもの?)。松本優子さんは、寄席で落語家の登場の時に鳴る寄席囃子(出囃子)の三味線を弾いている方で、落語芸術協会所属の方。ちなみに落語芸術協会の会長は桂歌丸師匠です。

寄席囃子というのは、寄席などで落語家が舞台に出るところから始まり、座布団に座ってお辞儀をして顔を上げたところで終わる短い曲。あれは録音ではなく、全部ライブミュージックなんですね。落語家ひとりひとり全部違う曲で、いわば落語家のテーマソングのようなものだそうです。落語芸術協会だけで200名位の落語家がいるそうですから、全部弾けるというのはスゴイですよね。引き出しが多くないと出来ませんね。

まずは、前座さんの瀧川鯉○(こいまる)さんと一緒に太鼓から。二番太鼓だったようです。
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優子さんが舞台に上がり、三遊亭可楽師匠の出囃子「勧進帳」や歌丸師匠の「大漁節」などを弾きながら、寄席囃子の説明をしてくれます。大抵は長唄のさわりの部分などから引用していて、歌舞伎などで聞いたことのある節もありますが、もっと軽やかで賑やかなアレンジにするそうです。
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三味線の種類やバチの大きさのお話もあり、寄席囃子では、長唄と同じく細棹の三味線を使う由。義太夫(文楽)で使う太棹の三味線との音の違いを、桂文楽師匠の出囃子「野崎」で弾き比べてくれて、その音色や響きの違いがよくわかりました。
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先日の江戸文字と同じ概念で、音曲のアレンジの際に「手を多くする」即ち音数を増やすことで、音と音の間を埋めて、客席が埋まるよう縁起をかつぐのだそうです。あんまり関係ないけど、なぜかコルトレーンのシーツ・オブ・サウンドを思い出しました。

優子さんの音楽修業(?)のお話は大爆笑の連続。先生になって、自分の作曲するオペレッタを生徒にやらせて発表してみたい、という野望で「芸大よりも学があり、東大より芸がある」学芸大に入ったそうです。留学先のウィーン国立音楽大のミュージカル科の入学試験の話や、卒業後に受けたオーディションの話、そしていきなり何故か三味線の世界へ、というところへ。ユーモアはたっぷりなのですが、本当に音楽が好きで、稽古が好きで、真摯に音楽の仕事に向き合っていらっしゃることがすごく伝わってきました。

後半は、雷門花助師匠の「七度狐」。狐に化かされるお話で、鳴り物(三味線と太鼓)入りの噺を聞かせてもらいました。かっぽれの踊りも見せてもらいました。身長180センチ以上の師匠が、壇上で頭がつっかえそうになりながら片足で踊るかっぽれは、カッコよかったです。

狐を題材とした落語に対して、最後は浮世節の「たぬき」。立花橘之助(女性)という明治~大正期の名手が残したもので、寄席では太神楽や水芸によく使われるそうです。よく通る声で、歌もいれながら様々に音階やリズムが変わっていく大曲をじっくりと聞かせてもらいました。テクニックはもちろんスゴイのだと思いますが何より、聴衆に訴えかける力と、グルーブが素晴らしく、心が高鳴りました。

寄席囃子の演者は普段は舞台に出ることはなく、舞台の袖で落語家の様子を見ながら弾いているので、今回は目の前で弾いてもらえて、本当に貴重な機会でした。話芸もお囃子芸も素晴らしい優子さん。いつかご主人の松本さんとの競演を聴いてみたいものです。
 
12月05日(水)

私の妄想はもう叶わないけど、勘三郎さんへ感謝を込めて

今日は朝から涙にくれた一日でした。中村勘三郎さんの訃報で感じている大きな喪失感は、これまでの著名人の死では感じたことがないものでした。大好きな役者さんだった、同時代を生きてきた、ということだけでは、ここまでつらく感じないと思うのです。ネットやテレビの報道を見ながら、どうしてこんなに悲しいんだろう?自分の気持ちに整理をつけたくて考えていました。

理由の一つは、生身の勘三郎さんが演じる舞台を何十回も見て、なんとなく勘三郎さんを近くに感じていたんだと思います。あぁ、あの時はこんな演出だったなぁ。舞台外で待機してるのを見物してたら手を振ってくれたなぁ。本水(ほんみず)の仕掛けの後、花道を走ってくる勘三郎さんの着物からしぶきがかかったなぁ。などなど、沢山のシーンが目に焼きついていて、まるで友達や恋人との思い出みたいに浮かび上がってくるのです。

もう一つは、自分の荒唐無稽な夢がもう叶わなくなってしまったという悔しさ。勘三郎さんが生きていてくれたら、1000万分の1の確率でも、叶うかもしれないという妄想が私にはありました。それはいつか勘三郎さんを舟にお招きすることがあったらいいな、という夢。私が考えている舟は、歌舞伎役者さんのような、日本文化に造詣の深い方々に「うん、違和感ないね」と言ってもらえるような設えにしたいと思っています。伝統芸能に携わる方の似合う舟になったら、いつかはもしかして、もしかするかも?という妄想を膨らませてはニンマリしていました。

私は勘三郎さんのただのファンで、直接のつてがあるわけではありません。伝統芸能関係の知人はいるけれど、それを辿れるとも限りません。でも、他人に「アホか」と思われようと、夢を見るのは自由、そんな淡い夢が励みになるのです。でも、それは勘三郎さんがこの世に存在していることが前提だったんです。今朝訃報に接するまで、その事を意識していませんでした。というか、まるでPCの強制終了のように勘三郎さんが旅立ってしまうという事を想定していませんでした。「どうしてなの??」という気持ちで、何も手に付かなくなりました。

この宙ぶらりんで、もって行き場のない気持ちの中、襲名披露の時に入手した記念切手や扇子を取り出してみました。襲名披露公演の華やいだ雰囲気、晴れがましさ一杯の口上などが思い出されて、またウルウル。勘三郎さんが長生きしなかったから、これがお宝になってしまったじゃないの(泣)。
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勘三郎さんが食道がんの手術で入院した時から快癒祈願も込めて部屋にかけていた、中村屋の家紋「角切銀杏(すみきりいちょう)」の入った暖簾。今日は目に入るたびにため息が出てしまったけれど、本葬が終わるまではかけておこうと思います。
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もう、勘三郎さんの新しいお芝居は見られないけど、そしてまだそれが信じられないけど、これまで沢山の感動・興奮・驚き・笑いで本当に楽しませてもらいました。貴方と同じ時代に生まれて、貴方の創る世界で遊ばせてもらって、とっても幸せでした。心からのありがとうをこめて、大向こうから叫びます。「中村屋~!!」
 
11月22日(木)

木遣りなう

10月に尺八ライブの記事を書きましたが、尺八奏者である松本さんから、木遣り教室を立ち上げるお話を聞き、夫婦で参加することにしました。「継声会」というグループで、地元の鳶頭、福島俊男さんが教えてくださいます。御年87歳、私達は「かしら」と呼ぶことにしました。

木遣り、家の新築の際など、棟上の時に歌われるのを聞いたことのある方がいるかもしれません。出初式や、お祭りの始まりや締め、結婚式の時に呼ばれることもあるようです。元々は、ワークソング。森から木を切り出して大勢で運ぶとき、息を合わせるのに使われたのが始まりのようです。江戸木遣りは、江戸の火消し(=鳶)が中心となって伝承され、ワークソングだけではなく、東海道五十三次(駅路という曲)を歌ったり、小唄や都都逸のような歌詞もあり、江戸の町人文化を反映するようになったのだそうです。

兄木遣りという、いわゆるソロのメインヴォーカルが音頭を取り、弟木遣り或いは側受(がわうけ)というグループが後に続く、というのの繰り返しで、いわゆるコール&レスポンスの手法で歌われます。節回しが聞かせどころだそうで、その点は民謡に近いところもありますね。

楽譜がないので、口伝です。独特の節回しや音の上下に、1回目は全然音が取れず、自信の無さから声も出ませんでしたが、何度も繰り返し歌ううちに、少しずつ声が出てきました。木遣りは必ず「真鶴」という歌を最初に歌って始めます。
「よーおーおーおい やるよ~」
「え~え~ よーお~」
という短いものですが、音の伸ばし方、息の継ぎ方、音程や節回しなど、これだけでもそれらしく聞かせるには相当練習がいります。

これは三社祭の宮入の際に、「真鶴」を歌って一本締め、というシーン。


かしらは、朗々と歌い上げ、聴いていて惚れ惚れします。コブシは民謡よりもさっぱりした回し方で、その加減が江戸の粋なのかもしれません。我々はまだまだ遠い、遠い道のりですが、小学校6年生の女の子、Aちゃんはさすがに覚えが早く、声もキレイに出ていて成長株というところです。

まだ入門の入門というところですが、皆で声を出していると気持ちが良くて、これから少しずつ色々な木遣りを覚えて、船のお披露目の時などに歌えたらいいなぁ、と思っています。民謡好きのとーちゃんは特に気合が入っているようですしね(笑)。
 
10月03日(水)

室内にいても空を感じる音色。尺八ライブ+α

過日、両国に工房を持つ尺八製作の匠、松本さんの尺八ライブが、地元市川の自然派レストランGR8(グレイト)でありました。期間限定メニューの、市川の名産である梨を使った「梨ゴレン」をお腹に入れて、開始を待ちます。

尺八の起源は奈良時代まで遡るそうですが、鎌倉時代に禅宗の一派として伝来した普化宗(ふけしゅう)の僧が尺八を吹いて托鉢をするようになり、これが虚無僧となるのだそうです。江戸時代には虚無僧のみが尺八を演奏するものとされていたようです。

目をつぶって尺八の音色に耳を澄ませると、音の上に空が広がっていくような感覚にとらわれます。それも真っ青な空ではなく、風に雲が流れていく情景がいつも浮かぶのです。虚無僧が吹く楽器ということは、基本的には野外での演奏が前提。周囲の自然や、風になじむものなのかもしれません。船の上で吹いてもらうのにぴったりな楽器かも。

伝統的な虚無僧音楽だけでなく、「アメイジング・グレイス」や「赤とんぼ」の尺八バージョンも。哀愁を帯びながらも伸びやかな音色に、心癒されるひととき。

演奏が終わって、質問&説明タイム。尺八は一尺八寸(55センチ位?)の長さがあることから、尺八と言われるようになったそうです。
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松本さんが、穴の押さえ方を見せてくれます。
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明治以降、普化宗が廃止され虚無僧集団が解体となって、一般の人が尺八を嗜むようになり、以後民謡の演奏楽器としても盛んに使われるようになりました。虚無僧尺八と民謡尺八という大きな2つの流れが現在はあるようです。民謡は合いの手やコブシ回しなどがあるので、虚無僧尺八よりも「手が多い」=音数が多いのだそうです。

尺八は他の楽器と違い、自然の竹の根っこの部分をそのまま生かすもの。内部に漆が塗ってあるのと、藤が少し巻いてある以外、他の材を使いません。熱で無理やり曲げることもありません。「進化させるのではなく、元のものを洗練させる楽器」という松本さんの言葉に納得。
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ただ、尺八職人や演奏者がいても、尺八に合った竹を取る職人さんや、尺八製作に欠かせないヤスリを作る職人さんなどが高齢化し、後継者も少なく、職人さんがどんどん減っているのだそうです。松本さんもそこに危機感を抱いて、何をすべきか考えておられるようでした。尺八を取り巻く環境もそんなに厳しいとは…。文化の底辺を支えているのが誰なのか、生態系の中で考えないと見誤ってしまいますね。

演奏を聴くだけでなく、伝統文化の裏事情を知ることのできるライブ。もっと色んな人にこの機会を広めなくちゃいけないな、という思いがフツフツと心に湧き始めたのでした。
 
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