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Miho Sato

Author:Miho Sato
「舟遊び みづは」運営主体の、株式会社フローティングライフ代表取締役。
江戸の人が遺してくれた東京の水辺は貴重な財産。数名で貸し切れて、江戸工芸に触れて楽しみながら、ゆったりと江戸の粋や情緒、名橋の数々を満喫できる舟遊びを提供します。
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06月22日(土)

下町に息づく型染めの技

ブログを通じてお知り合いになったFさんのご紹介で、江東区大島の江戸更紗工房、「更浜」さんにお邪魔しました。マンションが立ち並ぶ裏側の路地に突然昭和の世界が広がります。

昭和26年に建てた工房の天井に沢山置いてあるのは、張り板といい、染める生地をこの上に糊で貼り、作業するもの。それぞれ6メートルの長さがあります。全て樅の木の一枚板。今はもう手に入らないそうです。


このように板を寝かせて、その上に生地を貼ります。板の高さが背の低い私にもちょっと低い感じ。腰がつらそうです。これには理由があって、生地全体が良く見えるように、ということです。型紙を少しずつずらして染めていくので、継ぎ目がぴったり合っているかを始終確認するのに必要なんですね。

下はなんと土間!生地には地面からの湿気がちょうどいいのだそうです。

作業中の生地が貼ってありました。


工房を営む佐野利夫さん。とても気さくで温かく迎え入れてくださいました。


さて、江戸更紗とは?更紗と聞くと、インドの布を思い浮かべる人が多いと思いますが、まさにインドが発祥で、それがシルクロードを通じて中東からヨーロッパへ、そして中国から日本へ伝来したとのこと。草木や動物を文様化した柄はインドネシアのバティックや、イランのペルシャ絨毯にもよく見られる文様ですね。

そんな異国情緒をまとった更紗が江戸更紗として発展したのは、江戸時代にそれまで手書きで染められていた更紗文様が型紙による染色で量産ができるようになったから、とのこと。色は京都に比べて渋めで粋な色遣いが好まれたそうです。


型紙に当てて染色するときに使う刷毛。鹿の毛で出来ています。鹿の毛は柔らかく、染料の含みが良いそうです。こういう刷毛作りの職人さんも大分減ってしまったとか。染料を刷毛につけたら、竹で刷毛をしごいて適量にしてから、型紙に乗せていく由。
 

これは中高生の体験学習で使う型紙の一部で、広重の浮世絵「日本橋朝之景」の柄。


この型紙というのも、これまた精緻な職人技。昨年「KATAGAMI Style」という展覧会に行った記事にも書きましたが、何十種類もの小刀を使って細かな型を彫っていく技術には驚嘆します。こうした型紙の職人さんも、上手な人がいなくなり、後継者難とか。「最近の職人は、線の型を切るのに定規使ったりするんだよね。そういうのは、染めにくいんだ。線がよろけてる面白みが出ないんだよね。」と佐野さん。

型紙は、和紙を3枚重ねていて、柿渋、薄い漆、柿渋、と3回塗って防水力を高めています。同じ型紙で色を変えたいときは、表面を洗って干しておけばよいそうです。奥に型紙が干してあるのが見えました。


これが、ある柄の型紙一揃え。一反の生地を染めるのに最低でも30枚近くの型紙を使います。型紙に付けられた星にぴたりと合わせなければ、模様がずれてしまいます。この型紙、一式のうち、一枚でも破損したら、それだけでなく、全部取り替えだそうです。一式で何十万もするのに。同じ時に作られた型紙でないと、紙の伸び縮みの程度が一致せず、模様がずれるとか。自然素材の妙であり、大変なところでもあります。


これは、小紋の型紙の超絶技巧。どうやって、真ん中の丸い点が浮いていられるのかというと、極細の糸で支えているのです。写真では見にくいですが、網の目のように一つ一つの模様に糸が付けられていて、圧倒されます。


型は同じでも、配色が変わると同じ図案とは思えないほど雰囲気が変わります。


オーソドックスな柄や、なかなか粋な変わり格子など色んな柄がありますね。
  

佐野さん曰く「型紙の継ぎ目がわからないほどぴったり合ってるところが腕の見せどころなんだけど、最近は反物の注文も少ないし、財布とか巾着など商品が小型化して、江戸更紗の良さを味わってもらうのが難しくなってるんですよ。小さな布じゃあ、手染めなのか、印刷なのかも素人目にはわからないしね。」

私も最初はランチョンマット程度のサイズを考えていましたが、佐野さんのお話を聞いて、これはある程度の長さがないと、真の魅力がわからないと思い、方針変更。細切れにならないもの、ということで3メートルのテーブルランナーをお願いすることにしました。佐野さんが染めてくれる、みづは用のテーブルランナー。刷毛と型紙と染色、3つの職人技の結集を見るのがとても楽しみです。
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01月15日(火)

工場見学でいとおしくなった松徳硝子

以前、同僚からもらってなかなか使い勝手のよい松徳硝子のグラス。船で使うものはなるべく東京の職人さんの手仕事が感じられるものにしたいということもあり、ショールームの見学を予約して行って来ました。場所は、墨田区錦糸町。錦糸公園の近くです。
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松徳硝子の創業は大正11(1922)年。電球の硝子を手吹きで作っていました。その後電球製造が機械化され、手吹きの技術を生かすガラス器へと移行したそうです。とても口の薄い、繊細な口当たりの一口ビールグラス「うすはり」で有名ですが、最近は、カリスマバイヤー藤巻氏の藤巻百貨店でも限定商品などがあるようです。

思いがけず、工場見学もさせてもらえました。このガラス原料を窯で溶かしてグラスを作ります。
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原料を溶かす窯の1階部分。奥に見えているのが炎です。温度は1300度以上。ペットボトルのお茶やお弁当をここで温めることも多いとか。グラスの製造が終わる夕方から翌朝までは窯炊き職人が一晩中原料を窯に溶かす作業を行い、24時間365日火が絶えないのだそうです。その日の気温や風の状態で炊き加減を変える熟練の技。かっこいい~。
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2階に上がるとそこは作業場、この窯を中心としたガラスを吹く場所を「舞台」と言うそうで、吹きの技術の見せ場、というところ。窯に丸く開いている火の見える口は、ツボというそうで、これはネコツボと呼びます。
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最初の工程は「玉取り」。下玉というグラスのボディとなるところを吹くのに、ガラスを棹で巻き取って玉状にします。同一の大きさ、均一の厚さに吹くには3年以上修練がいるようで、「玉取り3年」と言われる由。
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下玉をもういちどツボに入れ、作るグラスに合った大きさだけ棹に取って型に入れ、形をつけます。それを吹く工程が「吹き」。吹き上がったグラスは、回転軸の上に乗せられ冷めたら切ります。
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「徐冷」と「一次選品」。吹いたグラスは常温に放置すると歪んだり割れたりするので、すぐに500度の徐冷庫に入れ、約80分かけてベルトにのったグラスがゆっくりと冷やされ、出てきたら選品されます。
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次の「火切り」では、ダイヤモンドカッターでグラスの高さに合わせて印をつけ、バーナーの火で切ります。青い火が印のところに当たらないと切れないので、高さの調節や、カッターが水平に当たるように微調節が必要で、これもなかなか大変な職人技ですね。次の摺りの工程のために、完成品の高さより、2ミリ程度高く切るそうです。
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「摺り」では、ガラスの断面を平らにするために研磨用の砂と水が混ざった薄い粘土のようなものが広がった研磨機にグラスをかけます。研磨の途中でグラスが割れると、高速回転で飛び散る危険があるとのこと。ここも緊張しそうな工程ですね。
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次は「口焼き」。グラスの口をバーナーの火で焼いて、滑らかな口当たりに仕上げる工程。焼きすぎると歪むし、焼き足りないと角が残るので、これも加減が重要だそうです。グラスが乗っている丸い台は回転しています。
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最後が「最終検品」。ここで規格外のものは撥ねられます。徐冷に回す前に吹き職人が捨てたもの、一次選品、最終検品に通らないもの、途中で破損したもの等を入れると歩留りが5割ぐらいになってしまうこともあるそうです。但し、通らなかったものは全てまた溶かして原料になるので、リサイクル率はほぼ100%。
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工場内で見かけた面白いもの。吹き上がったグラスを徐冷器まで運ぶミニリフトです。これをガラス工場で取り入れたのは松徳硝子が最初ということで、創業者の自慢のアイディアとのこと。
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神棚もありました。火の神様、竈の神様を祀っているのかな??
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その後ショールームで様々なグラスを見せてもらったのですが、製作工程を見た後では、グラスを見る目が全然違って来ますね。窯炊きから検品まで沢山の職人さんのそれぞれの専門の技を経て、今ここにグラスが並んでいること自体がいとおしいというか。
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物を大切にする心を思い起こしたり、養ったりするには、出来上がるまでの過程や、作った人達の物語を知るのがやはり一番だなあ、と思います。ネットでの動画配信など、伝わりやすい工夫ができる時代にはなりましたが、現場の温度・匂い・音まで身体で感じるのは難しいです。もし壊してしまった時、「あぁ、あの工場であの職人さん達が作ってくれたものを壊しちゃった。ごめんなさい。」という気持ちになれることが今の世の中には大事なんじゃないか?と思いながら、楽しくお買い物もして帰ってきたのでした。
 
12月16日(日)

江戸文字の名匠の話で気合が入った

前の記事で、中村勘三郎さんのことを書きました。気持ちに整理をつけるためでした。でも、ずっと引きずっていました。何もやる気がしなくなって、追悼番組をひたすら見て、追悼記事をネットや雑誌で拾って読んで、ツイッターの伝統芸能リストに入れている方々の嘆きのつぶやきを追う。寒くなって、修業先でのクルーズの仕事もお休みが多くなったのをいいことに、そんなグダグダな日を過ごしたこともありました。

「私、どうしちゃったんだろう?」「親しい人や家族が死んだわけでもないのに、何やってるの?」ともう一人の自分が問いかけます。それでも勘三郎さんを偲ぶちょっとした記事や映像で涙が出てきたりして、夢が一つ消えたことが自分の心に与えるインパクトの大きさを知りました。

そんな中、伝統芸能を中心としたイベント企画をしている新日屋さんの江戸遊学講座で、勘三郎さんとも親しかった江戸文字の書家橘右之吉さんの講演があることを知り、参加してきました。
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(チラシより)

江戸文字には、寄席文字、芝居文字(勘亭流)、相撲文字(根岸流)、江戸文字、の4種類があるそうです。落語や歌舞伎のポスターや看板、相撲の番付のほか、半纏や法被の背中やお寿司屋さんの暖簾など、結構いろんな所で目にします。マイクロソフトオフィスのフォントにも勘亭流がありますね。

右之吉さんの実家は鳶の家で、酉の市の熊手も作っていて、子供の頃は熊手のパーツの色塗りなどの手伝いをやらされたそうです。本来なら鳶の跡継ぎになるはずが、なんと梯子から人が落ちるのを見て以来高所恐怖症になってしまい、お母さんが止めさせたそうです。

近所のお風呂屋さんからもらったビラ下券(ポスターの下に付いていた無料招待券)で寄席にしょっちゅう通ううち、寄席文字に「ビビビッ」と来て橘右近師匠に中学生で弟子入りし、高校に通いながら修業をされた由。雑巾の絞り方から叩き込まれたとのこと。

江戸文字の特徴は、右肩上がりで余白をなるべく埋めるように書くのだそうで、これは興行収入が上がるように、お客が詰まるように、という縁起かつぎ。それで芝居や演芸などに使われてきたのですね。

スライドで、右之吉さんの作品を色々見せていただきます。浅草寺にある大提灯「志ん橋」の文字、柴又帝釈天の庚申のチラシ、勘三郎さんの襲名披露のまねき板等。平成中村座のニューヨーク公演の際、勘三郎さんと一緒に写っている写真もあり、ドキッとしてしまいます。勘三郎襲名の時に、字があまり上手くない勘三郎さんのところに出稽古に行き、サインの字を教えたというエピソードも。

お話の後の、書の実演は、スクリーンに手元を写してもらい、筆遣いなどもわかりやすかったです。会場から手を挙げてもらって、好みの一文字を色紙に書いてくれるサービスも。「豊」「愛」「遊」など色々な文字が出てきます。色紙の下部に収まるのかなあ、と見えるものでも、出来上がるときちっと四方からのバランスが取れていてさすがです。筆の毛の長さ全部を使って太さを出すのだそうです。また墨をたっぷり使って、かすれないように書くものなのだとか。

勘三郎さんの「勘」の字をお願いした方がいらっしゃり、書いている右之吉さんの目がうっすらと赤くなっているのがわかった時は、こちらも目が涙で霞んでしまいました。この字に対する右之吉さんの思い、私などには想像できないほど深いものがあるのだと思います。

おこがましい話ですが、親しい友を失ったばかりなのに、その人の思い出話を愛情を込めて語ってくださった右之吉さんの姿を見て、喪失感をリアルに共有できた気がしました。そして何故だか元気が出てきました。こうして日々の自分の仕事や責務をこなしながら、悲しみを乗り越えようとしている方を目の当たりにしたことで、自分に喝が入ってのでしょうか。

勘三郎さんの生きたかった今日を、明日を私は生きられるんですよね。それを忘れちゃいけないですね。
 
05月19日(土)

これは恋しちゃうね、型紙デザイン

三菱一号館美術館でやっている、KATAGAMI Style - 世界が恋した日本のデザインに行ってきました。浴衣や着物の染めに使う型紙のデザインが、19世紀後期~20世紀初めの西欧美術に与えた影響を考察するもの。

柿渋を塗った紙を小刀でくり抜き、柄を表現する型紙。着物から洋装への変化や、機械プリントの技術が振興する中で衰退して行きます。

染めに使う単なる道具だった型紙は、高度で精緻な技術が詰め込まれていたのに、美術品として見られることもなく、貴重な史料として保存するという考えも当時はなく、捨てられ、散逸してしまいます。

幸いだったのは、これが海外に流失し、型紙の美しさと技に西欧の人々が驚愕したこと。おりしも西欧ではジャポニズムが人気を博し、アートアンドクラフツ運動などで、用の美や手仕事の良さが見直された時期でした。

織物や装丁の図柄に、型紙の文様が応用されて行く様が、展示されていました。アートアンドクラフツや、アールヌーボー大好きの私には、どストライク!ウィーンやブリュッセルなど、訪れたアールヌーボー建築の写真は懐かしかったし、ギマール、オルタ、ヴァンデヴェルデ、とこの時代の芸術家達のオンパレードで、頬が弛みっぱなし。

しかし、西欧の芸術家達が真似て作った作品と、展示されている型紙をその場で見比べてみると、その繊細さやデザイン力には歴然たる差があります。館内のDVDで型紙の製作過程を紹介していましたが、まさにマイクロコスモス。1ミリ以下の細さの線を彫りぬき、細かい穴や曲線の連続パターンを、息を詰めて彫っていく職人さんの気迫と集中力、丁寧に丁寧を重ねた手仕事に圧倒されます。彫る文様に合わせて、刃を鍛え、研ぎ、道具から作る。こんなことが出来る人がいるんだ、という感動と、日常的にこういう仕事をしていた人たちが江戸時代には沢山いたのだ、という驚きが同時に心に迫ってきました。

ジャポニズムはあくまでもイズムであり、悪く言えば「なんちゃって」です。でも日本の型紙のモチーフに着想を得て、ご本家の日本では染めの道具に過ぎなかったものを、家具や食器にまでそのデザインを投影し、芸術へと昇華させていった西欧の応用力はスゴイと思います。

型紙に限らず、浮世絵や陶磁器など、日本発の工芸が西欧の芸術に与えた影響は大きいのですよね。アニメをはじめとする現在の日本のポップカルチャーも100年後ぐらいにこうして考察されることになるのかもしれません。
 
01月06日(金)

ほのぼのハッピー、指人形笑吉@千駄木

過日、知人のFさんに教えて頂いて、千駄木の「指人形笑吉」さんへ行ってきました。千駄木のよみせ通りから路地を入ったところにあります。
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人形作家の露木光明さんが全て手作りする人形達。石粉粘土を用いて顔を作っていくそうです。
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「若い人の顔は表情が出にくくて、おじいちゃん、おばあちゃんの人形ばっかりになるんですよ。」皺や垂れてくる目尻などが、いい表情を作るんでしょうね。日常のちょっとした風景や、夫婦喧嘩などが楽しく表現されています。

似顔人形も作っているそうで(注文すると納期は相当かかるようですが)、むつごろうや、たけしの座頭市の人形や、
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歴代首相の人形も。既に野田首相の人形がありました。「早く作らないと、またすぐ替わっちゃうでしょ。」と露木さん。
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一体一体角度を変えながら眺めていると飽きません。そしてこの人形は指人形ですから、手を入れて動かすことで、更に活き活きとするのです。笑吉さんでは、観客が3人以上集まれば一人500円で30分ほどのパフォーマンスを見せてくれます。

お題は全部で10個あり、「笑い上戸」「酔っ払い」中には「ウォーターボーイズ」なども。フィナーレは「50年後の冬のソナタ」。老後のヨン様とチェ・ジウが出てきます。どれも、クスッ、ゲラゲラ、色んな笑いをくれました。人形の表情もさることながら、露木さんの人形遣いとしての芸の細やかさ、自在に両手を使って、一人でやっているとは思えない動きの面白さにびっくりです。

パフォーマンスは写真撮影できないのですが、Youtubeに動画がありました。その芸の一端をうかがい知ることができますよ。


他にも千円で似顔絵を人形が描いてくれるメニューもあります。同行してくれたFさんがお願いすると10分ちょっとで、水彩似顔絵ができました。
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千駄木付近は谷根千と言われ、老舗の和菓子屋さんや、美味しいお蕎麦屋があったり、歩くのが楽しいところ。江戸の名残を微かに残す路地なども良い雰囲気です。笑吉さんは、街歩きのついでに気軽に立ち寄れて、心地よい笑いでほっと一息つける場所でした。
 
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